波浪島

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サンフランシスコ平和条約米国草案に対する韓国側意見書(1951年7月19日送付)。意見項番1の段落末尾に"Parangdo"が登場している。

波浪島(ぱらんとう)またはパラン島[1](パランとう、パランド、파랑도Parangdo)は、韓国日本海にあると主張した、もしくは東シナ海にある暗礁である。

歴史[ソースを編集]

概要[ソースを編集]

1951年サンフランシスコ講和会議の開催に際し、韓国駐米大使の梁裕燦が外交文書としてアメリカ合衆国政府に提出した要望書「米国草案(サンフランシスコ平和条約)に対する韓国側意見書」[5]で、「竹島などとともに日本が放棄すべき島の1つ」として韓国は韓国領への帰属を要望した。

この際、合衆国国務長官であったディーン・アチソンに、竹島と共に島の位置面積などを尋ねられた梁韓国大使は「だいたい鬱陵島の近くで日本海にある小島である」と返答したが、その後の米政府の調査、および、韓国政府による懸命な捜索にも拘らず、現在まで発見されていない。

後にアメリカ政府はラスク書簡にて竹島とともに波浪島に対するこの韓国政府の要望を却下している。

今なお所在不明だが、韓国政府は現在も公式にその存在を否定していない。東シナ海蘇岩礁(実際は暗礁)が波浪島だと主張されることもある。

脚注[ソースを編集]

  1. ^ 外務省: 6.サンフランシスコ平和条約における竹島の扱い
  2. ^ 兪鎮午『韓日会談が開かれるまで』(1966年)
  3. ^ 1974年5月23日付『東亜日報』によれば、それは海図に「SCOTRA ROCK」という暗礁として表示され、北緯33度10分東経120度に位置し、済州西南方180キロメートルであり、木浦から290キロ メートル、長崎から450キロメートル、上海から320キロメートルの海上にあった。
  4. ^ Wikisource reference ロバート・アップルトン・フィアリー. ボッグスメモ. - ウィキソース. 
  5. ^ United States Department of State (1951) (英語). Foreign relations of the United States, 1951. Asia and the Pacific (in two parts). Volume VI, Part 1. pp. p. 1206. http://digicoll.library.wisc.edu/cgi-bin/FRUS/FRUS-idx?type=goto&id=FRUS.FRUS1951v06p1&page=1206. 

関連項目[ソースを編集]