池之上豊

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池之上 豊(いけのうえ ゆたか、1940年3月16日 - 1972年12月14日)は、日本中央競馬会の元騎手鹿児島県伊佐郡出身。

経歴・記録[編集]

1956年に中学校を卒業して、馬事公苑にて長期騎手講習生となり、1957年9月に田之上勲厩舎より騎手デビューした。

1958年には、第2回阪神競馬では17勝を挙げて1開催での最多勝利記録となったが、1977年に同じく17勝を挙げた福永洋一と並び、1981年増沢末夫に破られるまで記録として残った。

しかし、不祥事を起こして1959年の1年間に渡り騎乗停止処分を受け、1960年からは武輔彦厩舎に転厩して騎乗を再開。さらに1961年からは関東に移動し、松永光雄厩舎の所属となり、その後元石正雄厩舎を経由して土田順三厩舎に移動した。

1963年には、自民党の代議士で、当時馬主であった田中彰治の娘と結婚している。

その後も関東で中堅騎手として騎乗を続けていたが、1972年12月14日に交通事故に遭って死去した。通算210勝。

重賞勝鞍[編集]

合計3勝

参考文献[編集]

  • 「日本調教師・騎手名鑑 1961年版」(日本調教師・騎手名鑑刊行会、井上康文、1961年)
  • 「中央競馬レコードブック 1982年版」(中央競馬ピーアール・センター編、1982年)