桂文雀

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桂 文雀(かつら ぶんじゃく)は、落語家名跡。当代は2010年3月に真打昇進と同時に3代目文雀として襲名[1]。なお落語協会のプロフィールには代数は明記されていない。

上方の文雀[編集]

桂 文雀かつら ぶんじゃく
本名 小宮山 健吉
生年月日 1869年1月10日
没年月日 (1939-05-16) 1939年5月16日(70歳没)
出身地 日本の旗 日本奈良
師匠 5代目笑福亭吾竹
3代目桂文三
西國坊明學
7代目桂文治
名跡 1. 笑福亭吾遊(1892年)
2. 桂扇若(1892年 - 1900年)
3. 西國坊學丸(1900年 - 1902年)
4. 舌切亭すずめ(1902年 - 1904年)
5. 桂文雀(1904年 - 1939年)
活動期間 1892年 - 1939年

桂 文雀(かつら ぶんじゃく、1869年1月10日 - 1939年5月16日)は、上方噺家。本名: 小宮山 健吉享年70。

生まれは奈良、初め1892年頃に5代目笑福亭吾竹(後の笑福亭吉右衛門)門下で吾遊を名乗る。翌年に初代桂扇枝(後の3代目桂文三)門下で扇若。1900年西國坊明學門下で學丸を名乗った後師匠と決別し1902年互楽派に加入し舌切亭すずめ。最後1904年2代目桂文團治(後の7代目桂文治)門下で文雀となる。

新作落語を売り物とし、得意演目は自作の『長屋議会』など、他にも本人の作か不明だが『学校』というネタがあり売りにしていた、そのためか「田舎教師」とあだ名された。『長屋議会』はSPレコードを大正時代に吹き込んでいる。 若い頃は古典もやっていたらしく『口合小町』が得意だった。

晩年は吉本興業の事務員を務めた。

なお、この文雀以前にも、上方で文雀を名乗っていた落語家がいたとも言われており、元舌切亭すずめの文雀が2代目であるとする説もある。(2代目桂扇枝が短期間名乗った。)

ちなみに「舌切亭すずめ」という名は、襲名した当初からあまりに不評だったため、短期間で改名されている。(「舌」は噺家の命である。)

当代文雀[編集]

3代目桂 文雀かつら ぶんじゃく
本名 斉藤 匡彦
生年月日 (1972-12-11) 1972年12月11日(45歳)
出身地 日本の旗 日本神奈川県横浜市
師匠 春風亭小朝
桂文生
名跡 1. 春風亭あーちゃん(1996年 - 1999年)
2. 春風亭あ太郎(1999年 - 2000年)
3. 桂笑生(2000年 - 2010年)
4. 3代目桂文雀(2010年 - )
出囃子 早木魚
活動期間 1996年 -
所属 落語協会
受賞歴
北とぴあ若手落語家選手権奨励賞(2006年)
第70回文化庁芸術祭賞・大衆芸能部門関東参加公演の部新人賞(2015年)

3代目桂 文雀(かつら ぶんじゃく、1972年12月11日 - )は、東京の落語家。本名: 斉藤 匡彦(さいとう まさひこ)。千葉県立佐倉高等学校を経て駒澤大学法学部政治学科卒業。神奈川県横浜市生まれ。出囃子は『早木魚』。大学時代に落研所属、先輩に桂竹丸三遊亭遊馬

来歴[編集]

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  1. ^ 桂文雀
  2. ^ 平成27年度(第70回)文化庁芸術祭賞受賞一覧(参加公演)”. 文化庁. 2015年12月25日閲覧。

出典[編集]