松田竹太郎

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松田 竹太郎(まつだ たけたろう、1887年明治20年)1月16日 - 1944年昭和19年)5月8日)は、日本の工学者海軍軍人。最終階級は、海軍少将 東京府立工業奨励館・東京商工奨励館館長などを歴任[1]

経歴[編集]

統計学者花房直三郎の長男として東京市で生まれる。麹町小学校、府立一中(後の都立日比谷高校)、第一高等学校 (旧制)を経て、1910年東京帝国大学工科大学機械工学科(後の工学部)を卒業。同年、海軍造船中技士(後の海軍造船・造機中尉)に任官し薩摩 (戦艦)乗組員となる。舞海軍工廠付、同造機部副部員、造船監督官、イギリス駐在、呉工廠造機部部員、艦政本部員(第5部)、農商務省事務官などを経て、1927年10月から1929年7月まで、艦政本部造船造兵監督官としてアメリカに駐在した。帰国後、艦政本部出仕などを歴任し、1932年12月海軍造機少将に進級。同年待命、予備役に編入。その後、三菱造船名古屋工場工作機技師[2]企画院委員などを経て、1942年11月海軍技術少将として海軍に復帰したが、1944年に戦死した。生前は、東京帝国大学工学部講師海軍大学校教官などを務め、後進の育成にも尽力した。

著作[編集]

  • 『実用機械工学講座』共立社 1935(共著)
  • 『旋盤』共立社 1936
  • 『工作機械三十年』機械製作資料社 1943
  • 『工員指導の要諦』機械製作資料社 1943
  • 『最近の研磨盤』紙硯社 1944(監修)
  • 『ボール盤作業法』J.W.バリット著 時野谷暢訳 竜吟社 1944(監修)

家族・親族[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 海軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
  • 海軍歴史保存会編『日本海軍史』第一法規出版、1995年。
  • 福川秀樹『日本海軍将官辞典』芙蓉書房出版、2000年。
  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。

外部リンク[編集]