本覚寺 (高山市)

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本覚寺
Honkaku-ji temple, Takayama, 2017.jpg
所在地 岐阜県高山市上宝町本郷1425
位置 北緯36度16分55.8秒
東経137度21分52.4秒
座標: 北緯36度16分55.8秒 東経137度21分52.4秒
山号 高原山
髙原山
宗旨 臨済宗禅宗
宗派 臨済宗妙心寺派妙心寺
本尊 釈迦如来
創建年 不詳
開山 道泉源
開基 江馬朝方平朝方
中興 鎌倉時代文永年間
松巌松巖国泰寺和尚)
正式名 高原山本覚寺
髙原山本覺寺
別称 本閣寺(旧称)
札所等 飛騨三十三観音霊場24番
法人番号 8200005010248
本覚寺 (高山市)の位置(岐阜県内)
本覚寺 (高山市)
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本覚寺(ほんがくじ)は岐阜県高山市上宝町本郷[1]にある釈迦如来を本尊とする臨済宗妙心寺派の寺院。飛騨地方の名族である江馬氏所縁の寺であり、播隆上人の笠ヶ岳再興に所縁のある寺でもある。飛騨三十三観音霊場24番札所

概要[編集]

山号高原山。「本覚夲覺(ほんがく)」とは「衆生自性清浄であり、一切の妄相をはなれ、照々霊々として覚知性徳具する」という仏教用語である。

歴史[編集]

創建不詳の天台宗寺院、荘厳寺を鎌倉時代の文永年間に江馬輝経の子、江馬朝方が子の江馬時信を僧として入寺させて再興し、本閣寺と名付けたのが始まりである。寺号は後に現在の通り本覚寺に改められている。 天正13年(1585年)、富山の役において佐々成政により焼かれて廃れるが、寛永年間に国泰寺松巌和尚により中興されて臨済宗に改められた。 安永年間、13世魯峰和尚により石垣などが整備されて中興される。そのころ当地方も舞台になった大原騒動が起きており、騒動の指導者の一人である本郷村の善九郎の墓や、騒動で犠牲となった人々の供養塔(寒念佛供養塔)が建立された。

天明年間、嶺州和尚が宗猷寺南裔和尚、北州和尚と共に笠ヶ岳に登山。文政6年(1823年)に椿宗和尚は播隆上人の笠ヶ岳再興に協力。その後も数度播隆上人の笠ヶ岳登頂に協力した。その為、当時の笠ヶ岳登頂に関する資料『迦多賀嶽再興記』、『迦多賀嶽再興勧化張』等を所蔵している。

石垣および寒念佛供養塔は高山市の文化財に指定されている。また、樹高22mを超える銀杏の大木が境内にあり、こちらは高山市の天然記念物となっている。そのほかの寺宝としては前述の笠ヶ岳登頂に関する資料のほか、円空作の地蔵菩薩像がある。

参考文献[編集]

脚注[編集]

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