早川浪

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早川 浪はやかわ なみ、嚴 恵浪、엄혜랑、オム・ヘラン、1984年10月6日 - )は、大韓民国全州出身の日本アーチェリー選手である。

全北体育高校から日本体育大学体育学部体育学科卒業。妹である早川漣もアーチェリー選手。

人物・来歴[編集]

身長166cm。10歳からアーチェリーを始める。始めた当初はきつくて、僅か3日余りで辞めてしまった。しかしコーチの説得により、再びアーチェリーを始め、才能を開花しジュニア代表にも選出。その後、アーチェリー強豪校だった全北体育高校に進学。

全北体育高校卒業後、実業団に就職したが退職した。韓国での競技漬けの毎日に疑問を持ち、日本人と再婚した母の住む日本への移住と来日を考える。

その後アーチェリーの道具を捨て、競技を一時引退。再婚した母を頼り、2004年に来日。日本語学校に通い、日本語の勉強をした。本人によると日本語だけでなく、ネイルアートの技術を学ぼうと思って来日したという。

しかしアーチェリーを捨て切れず、2005年に知人がいた日本体育大学に入学し、再びアーチェリーを始める。

その後スポーツ心理学・スポーツ栄養学・機能解剖学等学び競技の肥やしにし、メキメキと力をつけチームの中心として活躍。後に妹早川漣も母と姉を慕い日本へ移り、日体大に進学した。妹は2008年の神奈川県国体予選で姉の持つ70メートルダブルの日本新記録にあと1点と迫る好記録を射ち、注目を集めている。

2006年1月、日本国籍を取得。

2007年の世界室内選手権で初優勝を決める。更に同年のワールドカップでは144射で1363点、70m(36射)で335点の日本新記録を出した。

そして世界選手権では女子リカーブ個人70mで336点の日本記録を塗り替え予選4位。最終的には17位に入り、北京オリンピック出場を決めた。

2008年5月北京オリンピックテスト大会個人6位。同年8月に開かれた北京オリンピック団体8位入賞に貢献し、個人戦でも6位入賞という成績を残した。

2009年3月、大学卒業。4月からは兵庫県にある甲南女子大学教職員として赴任。

好きな日本語「やればできる」。趣味は裁縫・刺繍、韓国のテレビを見る事。

2012年末に渋谷アーチェリー秋葉原店を退社の後、2013年に日本人男性と結婚、現在一児の母である。

外部リンク[編集]