日野重政

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
日野重政
時代 室町時代前期 - 中期
生誕 不明
死没 嘉吉3年10月2日1443年10月24日
改名 政光(初名)→→壷尊(法名)→重政
官位 蔵人右少弁従二位内大臣
主君 後花園天皇
足利義教
氏族 藤原北家真夏日野家裏松家
父母 父:日野義資
北小路苗子
勝光富子、良子、永俊、資治
テンプレートを表示

日野 重政(ひの しげまさ)は、室町時代前期から中期にかけての公家藤原北家真夏日野家権大納言日野義資の長男。官位蔵人右少弁従二位内大臣裏松家(室町期)当主。

経歴[編集]

最初は政光と名乗っていた。父・義資が6代将軍・足利義教に蟄居を命じられ家督を継ぐ。永享6年(1434年)に義資が義教に暗殺されたため出家し所領を没収された。

叔母・重子の計らいで家督は嫡男・勝光が継いだ。のち、還俗して重政と名乗り、娘・富子を儲けた。

系譜[編集]