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日本コンピュータクラブ連盟

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日本コンピュータクラブ連盟(にほんこんぴゅーたくらぶれんめい)は、大阪市に本部を置く、大学コンピュータクラブの交流を推進する目的で設立された任意団体である(数多ある「連盟」を称する各種団体と同様、法人格は取得していない)。通称日コン連。1990年代の多くのウイルスを「いてこました」事で話題となった[1]

代表者は、創設以来今日まで理事長である山本隆雄が務める。

概要

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1983年から毎日放送ラジオで放送された上新電機J&P提供の番組「コンちゃんのDOマイコン」内の企画として、神戸大学在学中の山本ら近畿地方の主要大学コンピュータクラブの代表者で結成された「近畿学生コンピューター連合」を前身とする。日コン連は山本がシャープを脱サラした後[1]の1988年結成[2]、1989年設立[3]。業部門として、日コン連企画株式会社も設立された(同社の社長は設立以来、やはり山本が務めている)。研究部門として日本コンピュータウイルス研究学会を持つ[4]。1992年時点で98団体6000人の会員を擁した[1]

パーソナルコンピュータテレビゲームメーカー各社との意見交換会、会社訪問会などを行っていた。また日コン連企画など関連団体を通して、パソコンショップの展開、就職活動の斡旋、コンピュータウイルスやハッカーなどのコンピュータ被害に対するアフターケアの実施を行っていたと日コン連のウェブページには記載されている。

活動

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1990年代にコンピュータウイルスの発見・解析の業務でマスコミの注目を集めた[1]

1990年12月に文部省宇宙科学研究所のコンピュータがウイルスに感染した事件で、宇宙科学研究所の依頼で当該ウイルス「自由が丘1号」を解析している[5][6]1992年9月には欧州で流行していた「サンデー・ウイルス」の日本上陸を報告、「六甲おろし1号」と命名[7][8]。同10月には13日の金曜日ウイルス(Jerusalem)の上陸を発見、「道頓堀1号」と命名[9][10]。1995年6月、システムを破壊する種類ウイルスを発見、「エボラ出血熱型ウイルス」と命名[11]。1996年、オウム事件を題材とした「不謹慎ゲーム」にウイルスが仕掛けられていることを発見[12]。1997年にはメールボムの日本への上陸を確認、発表している[13]

1991年、未知のコンピュータウイルスにも対応できるという「ワクチン」ソフトを発売[14]。1992年9月にはどのようなウイルスも消滅させることができるという「ワクチン」ソフト「スーパーいてこまし」を発売[15]

当初連盟には有能なプログラマが参集し、同社は1990年、国産初の市販アンチウイルスソフトウェアパッケージ「サイバーワクチンいてこまし」を発表した(ただし、当時のハードウェアの制約等の理由でプリミティブなものであったことは、自他共に認めるところである。また初期版はハードディスク上での使用を想定しておらず、システムを損傷するなどの不具合があった)。他にも「スペルマスターかきたおし」「クロス英単はめたおし」「タイプマスターおしたおし」「女王様が教えてあげるシリーズ」など、山本独特のネーミングセンスで多くの国産パソコン向けのパッケージソフトを企画・販売した。

1992年11月、「電子ハッカー」退治のための研究所発足を発表[16]。1993年、複製版を起動するとAV女優の吹込みによる「エッチな声」が出る「ウイルス」を組み込んだゲームソフト「ループ・イレーサー」を発売[17]。1994年11月、「ウイルス」ソフト「カラオケウイルス京都1号」を発売[18]

1998年に発生したドクター・キリコ事件の際には、日コン連は「真偽を確かめず、持っている情報をすべて提供する」という方針からマスコミに多く情報提供を行っており、一部では日コン連と山崎が「キリコとあやの心中劇というシナリオを作った」という憶測が流れた[19]


変質(山本の個人商店化)

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休眠へ

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1990年代後半には、連盟傘下の多くの大学コンピュータクラブでの学生の代替わり・活動の方向性の変化・クラブ自体の消滅などで、次第に連盟本来の活動は低調なものになっていった。不況やパソコンのシェア変動などによりパソコンメーカーからの賛助金が打ち切られるに至り、当時日本橋に複数店舗あったパソコンショップC・able(ケーブル)も順次閉店となり、最後まで続けられた連盟機関誌C・ableの発行も、1999年10月の第18号をもって終了した。これらにより、実質的に日コン連は休眠状態に入り、日コン連企画はコンピュータ関連業務から撤退した。その後の日コン連企画はトレカショップカードカルトやメイド喫茶メイドエステ萌などを経営しており、2022年6月現在は戎本町三宮カードカルトが2店舗あるのみである。

霊能力トレーディングカード競パン(競泳用水着)は日本コンピュータクラブ連盟とは関係ないと言われるが、公式サイトでは以下の案内がある。 2000年には、日本トレーディングカード連盟を、2003年には、日本霊能者連盟を、2004年には、日本占い師連盟をぞれぞれ設立している。『サークル日コン連個人会員』や『日コンクールガイズ競パンクラブ』などの案内もある。

エピソード

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脚注

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  1. 1 2 3 4 毎日新聞2002年3月29日大阪朝刊
  2. 読売新聞1992年11月5日大阪夕刊
  3. 読売新聞1994年9月12日大阪朝刊
  4. 読売新聞1992年1月15日大阪夕刊
  5. 毎日新聞1990年12月26日大阪朝刊22面
  6. 毎日新聞1990年12月26日東京朝刊10面
  7. 読売新聞1992年9月20日大阪朝刊
  8. 毎日新聞1994年2月9日東京朝刊27面
  9. 毎日新聞1992年10月8日大阪朝刊25面
  10. 読売新聞1992年10月8日大阪朝刊
  11. 読売新聞1995年6月17日大阪夕刊
  12. 毎日新聞1996年4月4日大阪夕刊9面
  13. 毎日新聞1997年3月5日大阪夕刊1面
  14. 毎日新聞1991年1月14日大阪朝刊3面
  15. 毎日新聞1992年1月13日大阪夕刊11面
  16. 読売新聞1992年11月15日大阪夕刊
  17. 毎日新聞1993年12月22日大阪朝刊19面
  18. 毎日新聞1994年11月30日大阪朝刊28面
  19. 河上イチロー(1999)『サイバースペースからの攻撃』pp.146-149

関連項目

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外部リンク

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