新堀城 (陸奥国)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

新堀城(にいぼりじょう)は、岩手県花巻市石鳥谷町に存在した日本の城

北上川東岸の山稜上にある馬蹄形に近い小規模な複郭[1]。稗貫、紫波両郡を一望にできる要地にあたる。西麓には的場、枡形、殿屋敷などの地名が残る。

歴史・沿革[編集]

築城年代は不明であるが、陸奥国稗貫郡新堀村に所在した、室町戦国武士新堀氏の本拠地。「瀬川稗貫氏系譜」には、稗貫氏初代広重(為重)の孫伊予守光家を新堀氏の祖と記する。

天正18年(1590年)、豊臣秀吉奥州仕置によって稗貫氏は滅亡し、新堀氏は一族は離散したが、新堀作兵義広は南部氏に降り200石を給された。

天正20年(1592年)の諸城破却書上では「新堀 山城 江刺 兵庫 持分」と記載されており、郡東の抑えとして江刺氏に任されていた事が窺える。江刺氏は葛西氏の一族で岩谷堂城主であったが、宗家滅亡後に南部氏に出仕していた。

脚注[編集]

参考資料[編集]

  • 『岩手県史 第2巻 中世篇 上』 岩手県、1961年3月25日
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 『角川日本地名大辞典 3 岩手県』 角川書店1985年ISBN 4040010302
  • 児玉 幸阿・坪井 清足 『日本城郭大系 第2巻 青森・岩手・秋田』 新人物往来社1980年7月15日

関連項目[編集]