排除アート

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座ったり眠ったりできないよう、フランスの建築物の前の階段に設置されたボルト。
排除アートの例であるロンドンのカムデン・ベンチ英語版
ドイツのベルリンにある “Sitzkiesel”(「座る石」)は、以前のベンチのかわりとして設置された。

排除アート(はいじょアート、Hostile architecture)とは、パブリックスペースが損壊されたり、予め想定された用途以外で使われたりしないよう建造物に手を加えるアーバンデザインの造形物で、アーバンデザインにおける1つの手法である[1][2][3]。施設管理者が意図した用途を利用者に対して強制するための設計手法である。施設管理者によって犯罪・マナー違反防止の目的で設置される[2]

排除アートは都市住民の中でも社会的弱者を対象とし、その中でもホームレス排除が主要な目的であることが多く、しばしば物議をかもすものとなる[2][3]。座り込んだり、うろついたり、スケートボードをしたりすることを防ぐ意図を持って設置されることもあれば、意図せずにあらゆる公衆、とくに高齢者障害者子どもなどにとって都市空間を使いにくいものにしてしまうこともある[4][2]。その点で、排除アートにはバリアフリーの設計方針と対立する設計も含む。日本語の用語について、そもそも排除を目的とする障害物をアートと呼ぶべきではないとの意見もある[5]

施設管理者が持つ正当な権利[編集]

但し、ビルオーナーなどの施設管理権を持つ側にとっては、自身が保有する施設の目的外利用は迷惑行為として受け取れる事もあり、排除アートに対する批判を行う前に、施設管理者が施設に対してそうした対策を施すに至った背景を深く考える必要がある[6]。あくまでも施設管理者にとって排除アートを置くことは法律で定められた正当な権利の行使であって、それを施設管理権を持たない者が全否定することは行き過ぎた批判である(過度な批判は権利侵害に直結する)。また、排除アートに対する批判への対応方法についても施設管理者に決定権があるため、全ての要望が通るわけでもないということにも注意する必要がある[6]。更には、施設管理者が異なれば排除アートの設置に至った経緯もまた異なるため、全ての排除アートを同一視して批判することも誤りである。また、例えば排除アートが多数設置されている東京都では、ホームレスに対する手厚い自立支援も実施している[7]ため、排除アート単体を切り出して批判するのではなく、他の施策も総合的に考慮してから具体的な問題点を指摘するべきである。排除アートを批判する側は法的な権利を持たないため、「お願いベース」で施設管理者に対応してもらうしかないのが現状である。

呼称[編集]

都市空間において「社会的困窮者の追い出し」の作用がある構造物などに対し、日本語では「排除アート」という呼称がある[8][9][2]。1990年代以降に「アート」と称されるようになったとされる[2]


設置目的[編集]

ホームレス排除[編集]

野宿が困難になるようを平らな表面に打ち込むなどする「アンチホームレススパイク」など、ホームレスの人々に対する攻撃的な対策が最も典型的な排除アートの例である[10][11]。その他、ベンチに横になって寝転がれないような肘掛けを設置したり[9][2]、滑りやすい棒状の腰掛けにする、日除けに隙間を作り日差しや雨を凌げないようにするなどの手法がある[3]

シアトル交通局ではホームレスの人々がキャンプできないような駐輪ラックを設置している[12]

その他[編集]

新宿駅西口地下広場にある排除アートの一種。

ホームレス排除以外に排除アートが設置される目的としては、スケートボードの走行、ゴミポイ捨て、無目的なうろつき、排尿などを防ぐことが普通である。窓台に人が座れないように傾けたり、「断続的に稼働するが、実際は何にも放水していない」スプリンクラーを設置するなどしてこうした行為を妨害する[13][14]


歴史[編集]

“urine deflectors” の例。立ち小便をすると本人に戻る仕組みになっている。

土木工学を用いて社会工学的な目的を達成しようとすることは古くから行われている。19世紀には「尿阻板」(なお、「板」とは限らない)という、立ち小便ができないよう家の外壁につける板があり、これは先行例とみなせる[15][16]

現代においては、自然監視、自然アクセス制御、域内強制執行という三つの戦略で犯罪を防ぎ、不動産を守ることを目指す環境デザインを通した防犯というデザイン哲学が基礎になっている[要説明][17]

批判[編集]

排除アートは批判を浴びており、規範的に認められているような行動以外はとれないようになり、公共空間を商業的で「ニセ公共」的な空間にし、設けられた物は「社会の分断をもたらす」ために使用していると言われている[18][19]

仕切りのあるベンチは使い勝手が悪いという指摘もある[2]

評論家の佐々木敦は、「排除アート」という日本語について「路上生活者を排除するために公共スペースにしつらえられた障害物を「アート」と称するもので、そんなのはアートでもなんでもない[5]」と批判的なコメントを出している。

2018年にイギリスの芸術家スチュアート・センプルは、周囲に排除アートの例を見つけたらそれを示すステッカーを貼るよう公衆にすすめる啓発キャンペーンをソーシャルメディアではじめた[20][21][22]

2023年には平塚市市議の活動により、平塚駅前に設置された仕切りのあるベンチの改修に合わせ、仕切りが無い物に交換された[2]。仕切りが無いベンチに苦情は寄せられていないという[2]

脚注[編集]

注釈

出典

  1. ^ hostile architecture”. Macmillan Dictionary. 2015年2月23日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j 「排除ベンチ」の排除に初めて成功…野宿者支援に取り組む市議が平塚駅前ベンチ改修に込めた思いは:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web. 2023年9月4日閲覧。
  3. ^ a b c 意地悪なベンチ バス停にも公園にも 公共の場で増殖する「排除アート」”. 沖縄タイムス+プラス (2023年9月4日). 2023年9月4日閲覧。
  4. ^ Chellew, Cara (2018年1月21日). “Documenting the use of defensive urban design in the Greater Toronto Area and beyond.”. #defensiveTO. 2020年3月23日閲覧。
  5. ^ a b 佐々木敦「(書評)野良ビトたちの燃え上がる肖像」『日本経済新聞』2017年1月8日朝刊20頁。
  6. ^ a b 不寛容の権化「排除アート」を知っているか - 成年者向けコラム”. 障害者ドットコム. 2024年3月25日閲覧。
  7. ^ 路上生活者対策 東京都福祉局”. www.fukushi.metro.tokyo.lg.jp. 2024年3月26日閲覧。
  8. ^ 山下宗利「アートプロジェクトと都市空間」『日本地理学会発表要旨集』2017年度日本地理学会春季学術大会、日本地理学会、2017年、100176頁、CRID 1390001205694354560doi:10.14866/ajg.2017s.0_100176 
  9. ^ a b 排除アートと過防備都市の誕生。不寛容をめぐるアートとデザイン”. 美術手帖. 2023年9月4日閲覧。
  10. ^ Omidi, Maryam (2014年6月12日). “Anti-homeless spikes are just the latest in 'defensive urban architecture'”. The Guardian. https://www.theguardian.com/cities/2014/jun/12/anti-homeless-spikes-latest-defensive-urban-architecture 2015年2月23日閲覧。 
  11. ^ Andreou, Alex (2015年2月18日). “Anti-homeless spikes: 'Sleeping rough opened my eyes to the city's barbed cruelty'”. The Guardian. https://www.theguardian.com/society/2015/feb/18/defensive-architecture-keeps-poverty-undeen-and-makes-us-more-hostile 2015年2月23日閲覧。 
  12. ^ Groover, Heidi (2017年12月19日). “Seattle Uses Bike Racks to Discourage Homeless Camping”. The Stranger. https://www.thestranger.com/slog/2017/12/19/25638433/seattle-uses-bike-racks-to-discourage-homeless-camping 2017年12月17日閲覧。 
  13. ^ Quinn, Ben (2014年6月13日). “Anti-homeless spikes are part of a wider phenomenon of 'hostile architecture'”. The Guardian. https://www.theguardian.com/artanddesign/2014/jun/13/anti-homeless-spikes-hostile-architecture 2015年2月23日閲覧。 
  14. ^ Mills, Chris (2015年2月21日). “How 'Defensive Architecture' Is Ruining Our Cities”. Gizmodo.com. 2015年2月23日閲覧。
  15. ^ Swain, Frank (2013年12月2日). “Secret city design tricks manipulate your behaviour”. BBC. http://www.bbc.com/future/story/20131202-dirty-tricks-of-city-design 
  16. ^ Lee, Jackson (2013年7月23日). “Urine Deflectors in Fleet Street”. The Cat's Meat Shop. 2014年2月23日閲覧。
  17. ^ Chellew, Cara (September 2016). “Design Paranoia” (PDF). Ontario Planning Journal 31 (5): 18-20. https://www.researchgate.net/profile/Cara_Chellew/publication/314762975_Design_Paranoia/links/58c5d3d745851538eb8b009e/Design-Paranoia.pdf. 
  18. ^ Swain, Frank (2013年12月5日). “Designing the Perfect Anti-Object”. Medium. 2015年2月23日閲覧。
  19. ^ Shea, Michael (2014年8月5日). “On the frontline: The architectural policing of social boundaries”. Discover Society. 2015年2月23日閲覧。
  20. ^ “Hostile Architecture: 'Design Crimes' Campaign Gets Bars Removed from Benches - 99% Invisible” (英語). 99% Invisible. https://99percentinvisible.org/article/design-crimes-artist-launches-campaign-highlight-hostile-architecture/ 2018年2月15日閲覧。 
  21. ^ ANNY SHAW. “Stuart Semple launches campaign to eradicate ‘hostile design’ around the world”. www.theartnewspaper.com. 2018年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年2月15日閲覧。
  22. ^ “Artist Launches Campaign to Call Out Hostile Urban Design” (英語). Hyperallergic. (2018年2月1日). https://hyperallergic.com/424567/stuart-semple-launches-campaign-to-call-out-hostile-urban-design/ 2018年2月15日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]