広瀬宗域

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広瀬 宗域(ひろせ むねくに、生年不詳 - 天正11年(1583年))は、戦国時代の武将。飛騨の豪族。広瀬城主。山城守を称した。名は宗城とも。

生涯[編集]

広瀬氏藤原利仁の末裔とされる一族で、宗域は三木良頼と手を組み天神山城の高山外記を滅ぼすなど勢力を拡大させていった。しかし川中島の戦いでは三木氏が上杉方に味方したのに対し、宗域は武田方として戦うなど完全に三木氏に従属してはいなかった模様。

八日町の戦い姉小路頼綱小島時光と連合して江馬輝盛を滅ぼしたが、翌年、広瀬氏の所領を狙った頼綱によって松倉城で謀殺された。

子の宗直は越前に落ち延びた後、かつて頼綱によって所領を追われた牛丸親綱江馬時政らとともに飛騨討伐の命を受けた金森長近勢の先鋒を務め頼綱と戦うが、後に不満を持ち時政らとともに兵を挙げるが鎮圧され宗直も討死にした。

脚注[編集]

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注釈[編集]

参考文献[編集]

出典[編集]

森岡浩『戦国大名家辞典』東京堂出版、2013年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

武家家伝_広瀬氏