川田谷村

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川田谷村
熊谷陸軍飛行学校桶川分教場
熊谷陸軍飛行学校桶川分教場
廃止日 1955年3月10日
廃止理由 新設合併
桶川町川田谷村→桶川町
現在の自治体 桶川市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
北足立郡
面積 10.32km2.
総人口 5,064
(住民登録人口、1954年7月1日)
隣接自治体 北足立郡上尾町桶川町北本宿村
比企郡川島村
川田谷村役場
所在地 埼玉県北足立郡川田谷村
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川田谷村(かわたやむら)は、埼玉県北足立郡にあったである。現在の桶川市西部にあたり、1955年に桶川町と合併し廃止した。

地理[編集]

隣接していた自治体[編集]

(括弧内は現在の自治体)

歴史[編集]

川田谷尋常高等小学校。現在の桶川市歴史民俗資料館の場所に設立されていた。(1921年頃)

もとは江戸期より存在する川田谷村、古くは南北朝期より見られる川田谷であった[1]。村名の由来は川の端の地であることから。

  • 天正時点では武蔵国足立郡に所属。知行石戸領旗本牧野氏。
  • 1650年(慶安3年) - 牧野一族3氏に分地。
  • 1868年(明治元年) - 牧野一族3氏により私称されていた上川田谷村・下川田谷村上分・下川田谷村下分の私称村名を廃止し、川田谷村に統一する[1]
  • 1871年(明治4年) - 埼玉県に所属する。
  • 1873年(明治6年)4月 - 学制発布により川田谷学校が弥勒院内に開校する[2]
  • 1874年(明治7年) - 川田谷村・樋詰村が合併し、川田谷村となる[3]。樋詰村は川田谷村の小字となる。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、川田谷村が発足する[1]。大字はなし。
  • 1906年(明治39年) - 泉福寺の阿弥陀如来坐像が国の重要文化財に指定される。
  • 1910年(明治43年) - 荒川が氾濫し村内に被害が及ぶ。
  • 1914年(大正3年) - 川田谷村信用購買販売組合が設立される。
  • 1937年(昭和12年)6月 - 熊谷陸軍飛行学校桶川分教場が設置される[4]
  • 1955年(昭和30年)3月10日 - 桶川町と合併し、桶川町となる[5]。川田谷村は桶川町の大字川田谷となる。
  • 1963年(昭和38年)4月1日 - 大字川田谷字兼子の一部および字寺ノ下の一部が桶川町から分離し、比企郡川島村に編入される。また、大字出丸下郷字北条橋の一部が川島村から分離し、桶川町に編入される[6]
  • 1970年(昭和45年)11月3日 - 市制施行[5]。桶川市の大字となる。

成立前の村[編集]

  • 川田谷村
  • 上川田谷村
  • 下川田谷村(上分・下分)
  • 樋詰村 - 川田谷村の枝郷だった[3]

その他[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』295-296頁。
  2. ^ 『目で見る上尾・桶川・北本・鴻巣の100年』 郷土出版社2002年12月16日、44頁。ISBN 978-4-876635955
  3. ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』728頁。
  4. ^ 旧熊谷陸軍飛行学校桶川分教場について”. 桶川市役所 (2017年8月4日). 2018年10月7日閲覧。
  5. ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』1421頁。
  6. ^ 町の境界変更 昭和38年3月30日 自治省告示第39号”. 桶川市役所 (1956年3月31日). 2018年10月16日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]