屋良朝助
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屋良 朝助(やら ちょうすけ、1952年1月14日 - )は、日本の政治活動家、かりゆしクラブ(旧名琉球独立党)党首、衣料品加工印刷会社代表。沖縄県那覇市出身、那覇高等学校卒業。
経歴
[編集]- 18歳の時から琉球独立党に参加。那覇市主催の成人式で総代を務めたが、その式場で屋良朝苗琉球政府主席(当時)ら沖縄の指導者への批判演説を行った。琉球独立党主導による沖縄交通方式左右変更730反対運動に従事した。
- 2005年、初代琉球独立党の党首、野底武彦(野底土南)と会談し第二代党首となる。
- 2006年、 沖縄県知事選挙には屋良が出馬したが、得票数6,220票、得票率0.93%で落選した。これは保守(自由民主党・公明党)推薦の仲井真弘多と革新(民主党・日本共産党・社会民主党・沖縄社会大衆党)の糸数慶子の一騎討ちに埋没したとも、琉球独立論が沖縄県民の大多数から現実性がないと判断されたとも評価された。
- 2008年、党名をかりゆしクラブに改名、同政治団体の党首を務める。
- 2008年、沖縄県那覇市長選挙でかりゆしクラブ公認候補として立候補したが落選[1]。
- 2017年7月9日執行の那覇市議会議員選挙に立候補したが落選[2]。
- 2026年9月13日執行の沖縄県知事選挙に立候補したが落選[3]。
過去の選挙結果
[編集]| 当落 | 選挙 | 執行日 | 年齢 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 落 | 沖縄県知事選挙 | 2006年11月19日 | 54 | 琉球独立党 | 6220票 | 0.93% | 1 | 3/3 | |
| 落 | 沖縄県議会議員選挙 | 2008年 6月 8日 | 56 | 那覇市選挙区 | かりゆしクラブ | 620票 | 0.49% | 11 | 16/16 |
| 落 | 那覇市長選挙 | 2008年11月16日 | 56 | かりゆしクラブ | 1797票 | 1.42% | 1 | 3/3 | |
| 落 | 那覇市議会議員選挙 | 2009年 7月 5日 | 57 | かりゆしクラブ | 465票 | 0.70% | 40 | 65/67 | |
| 落 | 那覇市議会議員選挙 | 2013年 7月21日 | 61 | かりゆしクラブ | 705票 | 0.50% | 40 | 55/57 | |
| 落 | 那覇市議会議員選挙 | 2014年11月16日 | 62 | かりゆしクラブ | 1万0083票 | 0.69% | 2 | 5/5 | |
| 落 | 那覇市議会議員選挙 | 2017年 7月 9日 | 65 | 琉球独立党 | 526票 | 0.70% | 40 | 40/67 | |
| 落 | 沖縄県知事選挙 | 2026年 9月13日 | 74 | 琉球独立党 | 2467票 | 0.35% | 1 | 5/6 |
外部リンク
[編集]- かりゆしクラブ
- 屋良朝助 (@YaraChosuke) - X(旧Twitter)
脚注
[編集]- ↑ “那覇市長選挙 - 2008年11月16日投票 | 沖縄県那覇市”. 選挙ドットコム. 2025年10月11日閲覧。
- ↑ “沖縄県 那覇市議会議員選挙(2017年07月09日投票)”. 選挙ドットコム. 2026年8月4日閲覧。
- ↑ “【今夜】どこよりも早く!沖縄知事選・統一地方選「まるわかり」 開票速報と記者解説を生配信”. 琉球新報. 2026年9月14日. 2026年9月14日閲覧.