寺田祐也
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | 静岡県静岡市 |
| 生年月日 | 1980年5月7日(46歳) |
| 身長 体重 |
180 cm 78 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 内野手 |
| プロ入り | 1998年 ドラフト5位 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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来歴・人物
[編集]静岡高校では2年秋に県大会3位で東海大会へ進むが初戦敗退。1998年ドラフト会議で阪神タイガースに5位指名され入団。1学年下に高木康成がいた。
どこでも守れる内野手として期待されたが、一軍出場は果たせず、3年目の2001年に戦力外通告となった。松坂世代に該当する選手の中ではドラフト同期で当時横浜に所属し、同時期に戦力外通告を受けた金川直樹と並び最も早い退団者となった。
退団後は指導者を志し体育大学を受験するが失敗に終わる。その後は実家に戻り母校で少年野球の指導をしながらプロ復帰を目指し、トレーニングや練習を行なっていた。
2005年、イタリア・セリエA2に所属するフィオレンティーナ・ベースボールの入団テストを受け入団。遊撃手としてレギュラーを獲得するが、イタリア人選手のレベルを向上させるため外国人選手を置かないというチーム方針の煽りで、同年オフに退団し現役を引退。
兄は、ロサンゼルス・エンゼルスでトレーナーを務める寺田庸一[1][2][3]。
詳細情報
[編集]年度別投手成績
[編集]- 一軍公式戦出場なし
背番号
[編集]- 66(1999年 - 2001年)
脚注
[編集]- ↑ 青島健太 [@AoshimaKenta4]「野球教室でご一緒した元阪神寺田祐也氏の兄(庸一氏)とは縁があります。」2022年5月9日。X(旧Twitter)より2025年9月2日閲覧。
- ↑ 「<HUMAN STORY>寺田庸一トレーナー 10年以上エンゼルスに在籍する日本人球団スタッフ「必要とされる、うれしさ。」」『週刊ベースボールONLINE』2023年5月29日。2025年9月2日閲覧。
- ↑ 「二刀流・大谷は再び輝けるか メジャー挑戦を陰で支えたトレーナー・寺田庸一氏を直撃」『東スポWEB』2018年11月8日。2025年9月2日閲覧。