富原孝

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富原 孝(とみはら たかし、1920年7月15日 - 2006年3月8日)は、北海道出身の詩人ジャーナリスト、国際芸能プロモーター

概要[編集]

若い頃からヴァレリーリルケに傾倒。金子光晴に師事し、新聞記者のかたわら、河邨文一郎らと同人を結成し、詩を次々に発表。特に、アイヌコシャマインの戦いを題材にした長篇叙事詩『クオンタインとシクフ』は傑作とされる。「野性」「至上律」「ポエム」「核」同人。1957年に、「赤い呼び屋」と称された神彰のアート・フレンド・アソシエーション(AFA)に参画。制作部長として、木原啓允工藤精一郎らとともに神彰を支え、数々の国際プロモーションを行う。

来歴[編集]

1920年北海道七飯村(現七飯町)の農家に、父輝美、母志づの長男として生まれる。宇都宮高等農林(現宇都宮大学農学部)卒業後、雪印乳業の前身・北海道興農公社酪農科学研究所に入社。

1942年、「北海道文学」に処女作発表。以降、河邨文一郎らと親交を重ね、同人誌を通して詩作を続ける。

1947年、函館新聞(現在発行されている同名紙とは無関係)入社、社会部長。

1952年、長篇叙事詩『クオンタインとシクフ』の執筆開始。

1957年、函館新聞時代の部下・神彰に誘われ、アート・フレンド・アソシエーション入社のため上京。ボリショイ・バレエレニングラード・フィルボリショイ・サーカスなど数々の興行を遂行。

1963年木原啓允工藤精一郎らとともにAFAを退社し、芸術交流協会を設立、ピカソ展などを開催。

1965年木原啓允工藤精一郎らが去り、アート・ソサエティに改称。

1970年代後半には、事業から身を引き、詩作と詩集編纂に専念する。

著書(詩集)[編集]

  • 入江と錯乱(1981年)
  • 地球からの21の哀歌(1990年)
  • タプカーラ・五つの譚詩(1991年)
  • 長篇叙事詩 クオンタインとシクフ(1996年)
  • モシリバから27の哀歌(1997年)

参考文献[編集]

  • 大島幹雄『虚業成れりー「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店、2004年1月)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]