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宮城篤実

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

宮城 篤実(みやぎ とくじつ、1936年5月19日 - 2025年6月13日)は、日本政治家で、沖縄県嘉手納町。沖縄県嘉手納町(当時は北谷村嘉手納)出身。

略歴

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  • 8歳の時に沖縄地上戦を体験。沖縄本島北部に疎開し、宜野座村で米軍に投降する[1]
  • 戦後は石川市(現・うるま市)に移転。石川高等学校(現在の沖縄県立石川高等学校)卒業。その後名護市内の英語学校に入学するが、間もなく上京し早稲田大学に入学。早大在学中は、学生運動のリーダーとして活躍[2]
  • 大学卒業後、労働問題の業界紙記者を務めた後、1967年帰沖。
  • 1973年から4期連続で嘉手納町議会議員を務める。町議会議長も歴任。
  • 1991年、嘉手納町長に初当選。以後、2009年現在、5期連続で当選を果たす。町長に当選した際のスローガンは「よみがえれ嘉手納」。
  • 沖縄県町村会長、全国町村会常任理事。沖縄振興審議会委員、中央教育審議会委員なども務める。
  • 2011年2月17日に嘉手納町長を任期満了により退任(1991年から5期20年務めた)[3]
  • 2025年6月13日午前9時47分、嘉手納町内の病院で死去。89歳没[4]

脚注

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  1. 2009年3月4日付 沖縄タイムス
  2. 2009年3月5日付 沖縄タイムス
  3. 佐藤裁也『沖縄担当2000日の記録-平成の沖縄振興-』信山社、2022年、99-100,213-214頁。ISBN 978-4797285024
  4. 宮城篤実さん死去 89歳 嘉手納町長を5期20年”. 沖縄タイムス+プラス (2025年6月13日). 2025年6月13日閲覧。