宮城篤実

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宮城 篤実(みやぎ とくじつ、1936年 - )は、日本政治家で、沖縄県嘉手納町。沖縄県嘉手納町(当時は北谷村嘉手納)出身。

略歴[編集]

  • 8歳の時に沖縄地上戦を体験。沖縄本島北部に疎開し、宜野座村で米軍に投降する。[1]
  • 戦後は石川市(現・うるま市)に移転。石川高等学校(現在の沖縄県立石川高等学校)卒業。その後名護市内の英語学校に入学するが、間もなく上京し早稲田大学に入学。早大在学中は、学生運動のリーダーとして活躍。[2]
  • 大学卒業後、労働問題の業界紙記者を務めた後、1967年帰沖。
  • 1973年から4期連続で嘉手納町議会議員を務める。町議会議長も歴任。
  • 1991年、嘉手納町長に初当選。以後、2009年現在、5期連続で当選を果たす。町長に当選した際のスローガンは、「よみがえれ嘉手納」。
  • 沖縄県町村会長、全国町村会常任理事。沖縄振興審議会委員、中央教育審議会委員なども務める。
  • 平成23年2月17日に嘉手納町長を任期満了により退任。(平成3年から5期20年務めた)

脚注[編集]

  1. ^ 2009年3月4日付 沖縄タイムス
  2. ^ 2009年3月5日付 沖縄タイムス