大紅湍郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
大紅湍郡
位置
DPRK2006 Ryanggang-Taehongdan.PNG
各種表記
ハングル 대홍단군
漢字 大紅湍郡
発音 テホンダン=グン
ローマ字転写 Taehongdan kun
テンプレートを表示

大紅湍郡(テホンダンぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国両江道の東北端に位置する郡。

地理[編集]

豆満江上流域に位置する。西に三池淵郡白岩郡、南に雲興郡、東南に甲山郡と境を接する。

行政区画[編集]

1邑・9労働者区を管轄する。

  • 大紅湍邑(テホンダヌプ)
  • 開拓労働者区(ケチョンロドンジャグ)
  • 農事労働者区(ノンサロドンジャグ)
  • 三峯労働者区(サンボンロドンジャグ)
  • 三長労働者区(サンジャンロドンジャグ)
  • 西頭労働者区(ソドゥロドンジャグ)
  • 新徳労働者区(シンドンロドンジャグ)
  • 新興労働者区(シヌンロドンジャグ)
  • 柳谷労働者区(リュゴンロドンジャグ)
  • 紅岩労働者区(ホンアムロドンジャグ)

歴史[編集]

植民地期は咸鏡北道茂山郡の一部。大紅湍郡は1978年に新設された行政区画である。

1939年、金日成が率いる東北抗日聯軍の一部隊は満洲からこの地に潜入し、6月に大紅湍で日本軍部隊と交戦したという。北朝鮮ではこれを「茂山地区戦闘」と称している。この戦闘は金日成が指導する「朝鮮人民革命軍」の勝利とされ、「茂山地区戦闘勝利記念塔」が建てられている。また、金日成が拠点を置いた「青峰宿営地」周辺では、1961年に当時のスローガンが記された立ち木が見つかったとされ、これをガラスケースで保護して保存するなど、白頭山周辺の「革命の聖地」の一つとしての造営・整備がおこなわれている。

年表[編集]

この節の出典[1]

  • 1978年8月 - 両江道三池淵郡五号労働者区・新徳労働者区・西頭労働者区・農事労働者区・新興労働者区・紅岩労働者区・大紅湍労働者区、咸鏡北道延社郡三長里および三下里・円峯労働者区の各一部地域をもって、両江道大紅湍郡を設置。(1邑9労働者区)
    • 五号労働者区の一部が分立し、三池淵邑が発足。
    • 三長里が三長労働者区に昇格。
    • 三下里および五号労働者区の残部・新徳労働者区の一部が合併し、三峯労働者区が発足。
  • 1990年6月 (1邑9労働者区)
    • 大紅湍労働者区の一部が分立し、柳谷労働者区が発足。
    • 新興労働者区の一部が分立し、開拓労働者区が発足。
    • 円峯労働者区および大紅湍労働者区の残部が白岩郡に編入。

産業[編集]

ジャガイモの産地といわれる。1990年代末から2000年代初頭にかけて、金正日の現地指導によって、深刻な食糧問題を解決するためのジャガイモ生産法である「大紅湍式農法」が確立したとされている。

外部リンク[編集]

  1. ^ 양강도 대홍단군 역사