大日本軌道山口支社

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大日本軌道山口支社
概要
現況 廃止
起終点 起点:小郡駅(現・新山口駅
終点:山口駅
駅数 10駅
運営
開業 1908年10月15日 (1908-10-15)
廃止 1913年2月20日 (1913-2-20)
所有者 大日本軌道
路線諸元
路線総延長 12.9 km (8.0 mi)
軌間 762 mm (2 ft 6 in)
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線(廃止当時)
STR
国鉄山陽本線
0.0 小郡/小郡 (II) 1910-
STR exBHF
0.1 小郡 (I) -1910
ABZgr exSTR
国鉄:山陽本線
exSTR
(国鉄:山口線
STR exBHF
? 津市
HST exSTR
周防下郷
STR exBHF
2.4 新町
HST exSTR
上郷
STRl xKRZ STR+r
exBHF HST
? 仁保津 仁保津
exBHF STR
? 和田橋
exSTR HST
大歳
exBHF STR
? 大歳
STR+l xKRZ STRr
HST exSTR
矢原
HST exSTR
湯田温泉
STR exBHF
10.4 湯田
STR exBHF
? 讃井
STR exBHF
12.4 亀山
HST exSTR
山口
STR exKBHFe
12.9 山口

大日本軌道山口支社の路線と
国鉄山口線は同時に営業していないが、
参考のため記した

大日本軌道山口支社(だいにっぽんきどうやまぐちししゃ)は、かつて国鉄山陽本線小郡駅(現・新山口駅)から分岐して、山口県山口市の山口駅までを結ぶ軽便鉄道を運営していた、大日本軌道(大軌)の支社である。

概要[編集]

山口市は、県庁所在地にも関わらず鉄道が通らなかったことで発展から取り残されていたが、それを打開するために敷設されたのがこの路線であった。

しかし1908年明治41年)の開業からわずか5年後には、国鉄山口線が敷設されたため廃止となった。廃止による補償金として79,874円現金交付がされた[1]

路線データ[編集]

  • 路線距離:小郡 - 山口間12.9km
  • 軌間:762mm
  • 停留所数:10
  • 動力:蒸気

沿革[編集]

  • 1907年(明治40年)
    • 6月28日 軌道特許状下付(湯田-新町間)[2]
    • 12月 山口軌道株式会社設立(取締役雨宮敬次郎)[3]
  • 1908年(明治41年)
  • 1909年(明治42年)
    • 2月21日 小郡 - 新町間開業[2]
    • 11月22日 軌道特許状下付(新町-小郡間)[6]
  • 1910年(明治43年)
    • 7月20日 亀山 - 山口間開業[6]。これまでの山口駅を亀山駅に改称
    • 11月16日 (旧)小郡 - (新)小郡間開業[6]。(旧)小郡駅廃止
  • 1913年大正2年)2月20日 山口線小郡 - 山口間開業に伴い廃止

停留所一覧[編集]

小郡 - 津市 - 新町 - 仁保津 - 和田橋 - 大歳 - 湯田 - 讃井 - 亀山 - 山口

『汽車汽船旅行案内』大正元年9月号

接続路線[編集]

運行状況[編集]

小郡-山口間を午前8本午後12本。所要時間は1時間

『汽車汽船旅行案内』大正元年9月号(復刻版 明治大正時刻表 新人物往来社)

輸送[編集]

年度 乗客(人)
1908(明治41年) 32,127
1909(明治42年) 239,564
1910(明治43年) 285,282
1911(明治44年) 348,900
1912(明治45年 - 大正元年) 361,376
1913(大正2年) 81,343
  • 鉄道院年報各年度版

脚注および参考文献[編集]

  1. ^ 湯口徹『へっついの系譜』ネコパブリッシング、2012年、29頁
  2. ^ a b c d e 『鉄道院年報 明治42年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 『日本全国諸会社役員録. 明治41年』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 「商業登記」『官報』1908年8月19日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 『日本全国諸会社役員録. 明治42年』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ a b c 『鉄道院年報 明治43年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)

関連項目[編集]