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大幡駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大幡駅
おおはた
ŌHATA
上熊谷 (3.5 km)
(5.7 km) 妻沼
所在地 埼玉県熊谷市柿沼
北緯36度10分10.1秒 東経139度22分36.1秒 / 北緯36.169472度 東経139.376694度 / 36.169472; 139.376694座標: 北緯36度10分10.1秒 東経139度22分36.1秒 / 北緯36.169472度 東経139.376694度 / 36.169472; 139.376694
所属事業者 東武鉄道
所属路線 熊谷線
キロ程 4.4 km(熊谷起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1943年昭和18年)12月5日
廃止年月日 1983年(昭和58年)6月1日
備考 路線廃止に伴う廃駅
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駅周辺を写した航空写真、画像中央が大幡駅舎、高架の道路橋は国道17号熊谷バイパス。1975年1月5日撮影。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

大幡駅(おおはたえき)は、かつて埼玉県熊谷市柿沼にあった、東武鉄道熊谷線廃駅)である。熊谷線の廃止に伴い、1983年(昭和58年)6月1日に廃止となった。

歴史

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  • 1943年(昭和18年)12月5日 東武鉄道熊谷線の駅として開業[1][2]
  • 1954年(昭和29年)12月 無人化。
  • 1976年(昭和51年)5月 委託化。
  • 1977年(昭和52年)3月 駅舎が撤去され、新たに待合室とトイレが設置される。
  • 1983年(昭和58年)6月1日 廃止[2]

駅構造

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  • 交換可能駅であったが、晩年には単式ホーム1面1線の地上駅となっていた。
  • 1976年(昭和51年)より、切符は駅前の商店が委託販売をしていた。
  • 1977年(昭和52年)までは駅舎もあり、形状は妻沼駅とよく似ていた。

利用状況

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1978年(昭和53年)の乗降客数は1日平均704名で、熊谷市街地への買物客や、熊谷市立女子高等学校への通学客が多かった。

駅周辺

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  • 大幡団地
  • 熊谷市立大幡小学校
  • 熊谷市立大幡中学校
  • 熊谷市立女子高等学校(2008年(平成20年)廃校)

現状

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駅跡は廃線後もしばらくの間そのままの状態だったが、やがて撤去された。2022年現在、付近の廃線跡は道路に転用されている。道路外側に鉄道用の柵で囲まれた広い敷地が残るほかは、目立った駅の痕跡はない。

隣の駅

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東武鉄道
熊谷線
上熊谷駅 - 大幡駅 - 妻沼駅

脚注

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  1. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』第5081号、1943年12月18日国立国会図書館デジタルコレクション
  2. ^ a b 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』3号 関東1、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年7月、21頁。ISBN 9784107900210