多田基

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多田 基(ただ もとい、1901年明治34年)1月23日 - 1995年平成7年)12月21日)は、日本の経済学者法政大学名誉教授実践女子学園理事長大月短期大学名誉教授。

略歴[編集]

1901年(明治34年)1月23日、鳥取県鳥取市に生まれる。1925年大正14年)に法政大学経済学部を卒業し、1947年(昭和22年)に法政大学教授に就任する。

1961年(昭和36年)に大月短期大学学長に就任する。1974年(昭和49年)に実践女子学園理事長に就任し、1978年(昭和53年)に実践女子大学短期大学学長を兼任する。

1995年(平成7年)12月21日に死去、94歳。

人物[編集]

内田百の教え子で、黒澤明の『まあだだよ』の題材である「摩阿陀会」の肝煎(幹事)の一人である。内田百を中心に近代文学者に関する多くの資料を残しており、その一部が実践女子大学に寄贈されている。

1971年(昭和46年)に勲三等瑞宝章1988年(昭和63年)に勲三等旭日中綬章を受章している。

著書[編集]

  • 『標準独逸語第一歩』(青木学修堂、1937)
  • 『内田百先生の想い出』(実践女子学園「多田基先生の米寿を祝う会」、1988)

共著[編集]

訳書[編集]

共訳[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]