土井利行

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土井 利行
時代 江戸時代後期
生誕 文政5年(1822年
死没 天保9年9月10日1838年10月27日
改名 金三郎(幼名)、利行、謹堂・松檮館(法号)
戒名 霊雲院光山義照
墓所 東京都港区南麻布の天真寺
官位 従五位下、大隅
幕府 江戸幕府
三河国刈谷藩
氏族 土井氏
父母 父:土井利以
兄弟 庚吉、利行、銀(小笠原長穀正室)
鉄(小出英永室)、盈(土井利祐正室)
淳(秋山正光正室)、鑑(多賀高厚養女)
養子:利祐

土井 利行(どい としつら)は、三河刈谷藩の第6代藩主。刈谷藩土井家9代。

文政5年(1822年)、第5代藩主土井利以の次男として生まれる。文政12年(1829年)11月に父が死去したため、文政13年(1830年)1月21日に家督を継ぐ。天保8年(1837年)10月15日に第12代将軍徳川家慶に拝謁し、12月16日に従五位下・大隅守に叙位・任官する。

しかし病弱で藩政を執れず、兄弟も早世するという家庭的にも不幸な中で、天保9年(1838年)9月10日に死去した。享年17。跡を養子の利祐が継いだ。