土井利以

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土井 利以
時代 江戸時代後期
生誕 寛政8年(1796年
死没 文政12年11月30日1829年12月25日
改名 福丸(幼名)、利以
戒名 享楽院信誉性善福応
墓所 東京都台東区浅草の誓願寺
官位 従五位下、淡路
幕府 江戸幕府
三河国刈谷藩
氏族 土井氏
父母 父:土井利徳、養父:土井利謙
兄弟 信、利制、久喜(神尾元喬室)、登志、利謙
利央利位、筍、利以
正室:堀田正敦の娘)
庚吉、利行、銀(小笠原長穀正室)、
鉄(小出英永室)、盈(土井利祐正室)、
淳(秋山正光正室)、鑑(多賀高厚養女)

土井 利以(どい としもち)は、三河刈谷藩の第5代藩主。刈谷藩土井家8代。

寛政8年(1796年)、第2代藩主土井利徳の五男として生まれる。文化10年(1813年)に兄で第4代藩主の利謙が死去したため、その養子として家督を継ぎ、12月16日に従五位下・淡路守に叙位・任官する。父と同じように文学に精通していたが、藩政を顧みなかったとされる。

文政12年(1829年)11月30日、江戸で死去した。享年34。跡を次男の利行が継いだ。