向井正重

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向井正重
時代 戦国時代
生誕 永正16年(1519年
死没 天正7年9月19日1579年10月19日
別名 伊賀守
主君 武田信玄勝頼
氏族 仁木氏族向井氏
父母 忠綱
政勝正綱

向井 正綱(むかい まさつな)は、戦国時代武将武田氏に仕えた。

生涯[編集]

忠綱伊勢国の人。甲斐国戦国大名武田信玄勝頼の2代に仕える。天正5年(1577年北条軍蒲原を侵し江尻に達した。この時興国寺城におり、江尻に妻子のあった城将らが出撃を望んだが、正重はこれを退けて固く城を守り北条軍を撃退した。天正7年(1579年持船城にあった時、徳川家康配下の牧野康成が攻め寄せ、嫡男政勝らとともに討死した。

出典[編集]