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吉田潤喜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
よしだ じゅんき
吉田 潤喜
生誕 吉田 準輝
(1949-12-07) 1949年12月7日(76歳)
日本の旗 日本京都府京都市南区
住居 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国(1977年に取得)
職業 実業家空手家(8段)
活動期間 1982年 - 現在
著名な実績 ヨシダソース(Yoshida's Gourmet Sauce)創業者
肩書き ヨシダグループ 会長兼CEO
子供 3女
リンダ・マクファレン
親戚 レッド吉田(従弟)
公式サイト ヨシダソース公式サイト
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吉田潤喜
YouTube
チャンネル
活動期間 2019年12月28日 -
登録者数 1,330人
総再生回数 56,452 回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2026年03月09日時点。
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映像外部リンク
Ken Honda 本田健
吉田潤喜氏×本田健ビジネスコンサルティングセミナー - YouTube
ヨシダグループ会長 吉田潤喜さんが語る「Happy Moneyとは?」前編 - YouTube
ヨシダグループ会長 吉田潤喜さんが語る「Happy Moneyとは?」後編 - YouTube
『ピンチをチャンスに変える「絆」の秘密』吉田潤喜さん×本田健 〜前編〜 - YouTube
『人生、金儲けやない、人儲けや!「絆」の秘密』吉田潤喜さん×本田健 〜後編〜 - YouTube
映像外部リンク
「ヨシダソース」創業者吉田潤喜/ヨシダソースCМ - YouTubeプレイリスト

吉田 潤喜(よしだ じゅんき、旧名:準輝(読み同じ)、1949年昭和24年)12月7日[1] - )は、アメリカ合衆国実業家空手家(8段)。ヨシダグループ(Yoshida Group)会長兼CEO[2]京都府京都市南区出身。19歳の時に単身渡米し、ソースの製造・販売で一代で巨万の富を築いた「アメリカンドリーム」の体現者として知られる[2]。オレゴン州知事経済顧問、全米空手道連盟理事などを務める[2]

来歴

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生い立ちから渡米

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在日韓国人2世[3][4]。七人兄弟の末っ子として京都府京都市南区に生まれる[1]。父はカメラマン、母は雀荘や焼き肉屋を営んでいたが、生活は苦しかった。4歳の時、事故により右目を失明する[5]。学生時代は空手に打ち込み、8段までに昇格している[1]

1969年1月24日、大学受験の失敗を機に500ドルを手に単身渡米[1]。当初は不法労働状態や車上生活を経験するなどの極貧生活を送ったが、空手の腕を買われてワシントン州警察学校の師範や大学講師を務めるようになる[2]。リンダ・マクファレンと結婚した後、空手道場を開く[2]。この道場でバーベキュー料理を振る舞った際、自作したソースが人気を呼んだため[2]、バーベキューソース「吉田グルメのたれ」として商品化した[1]コストコでカウボーイハットと着物、ゲタといった格好で実演販売をして大ヒットとなる[2]。1977年にアメリカ国籍を取得[2][6]

ヨシダソースの成功

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1982年、経営していた空手道場の経営難に際し、実家の焼肉店のタレをベースにした自家製ソースを門下生に配ったところ、大きな反響を呼ぶ。これを「ヨシダグルメのたれ(Yoshida's Gourmet Sauce)」として商品化した。オレゴン州にヨシダフーズを設立した[2]

着物姿にカウボーイハットを被り、下手な英語を武器にしたコミカルな実演販売がコストコ(Costco)などの大手小売店で注目され、全米規模のヒット商品へと成長[7]。米国の中小企業局(SBA)が選ぶ全米24社の中に、FedEx、Intel、AOL、HPなど並んで「殿堂入り」を果たした[1]。2005年にはNewsweek日本版で「世界で最も尊敬される日本人100」に選ばれる[1]。2017年7月、日米の友好に貢献したことを理由に外務大臣賞を受賞した[1]

現在は、ソース製造のほか不動産、物流など18社を傘下に置く年商約250億円のヨシダグループへと拡大させている[8]

経営哲学

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人儲け」という独自の哲学を掲げている。これは「目先の利益(金儲け)を追うのではなく、人との信頼関係を築く(人儲け)ことで、結果として成功が付いてくる」という考え方である。また、自らの人生を支えたのは「100%のパッション(情熱)」であり、99%では足りないと説いている[9]

人物・エピソード

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  • 恩返し:長女が誕生直後に重病となった際、無保険の貧しい状態であった自分たちを無償に近い形で救ってくれたアメリカの医療現場への感謝から、多額の寄付活動(がん研究施設や孤児院への支援)を続けている[10]
  • 家族:妻のリンダとは出会って2週間で婚約した。愛妻家であり、自身の成功は彼女の支えがあってこそのものと公言している[11]
  • 親族:お笑いコンビTIMレッド吉田は従弟にあたる。実姉は、京都市で「KITCHEN よし田」を営む[12]

主な受賞・選出

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  • 2003年:米国中小企業局(SBA)「殿堂入り」(全米24社、FedExやIntelなどと並んで選出)[13]
  • 2005年:ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100人」選出[14]
  • 2010年、2017年:外務大臣賞 受賞[15]

著書

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  • 『ビッグマネー ワタシはこうして成り上がった!』(2002年6月1日、廣済堂出版ISBN 978-4331509043
  • 『人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで。』(2007年10月9日、幻冬舎 幻冬舎アウトロー文庫)ISBN 978-4344410411
  • 『無一文から億万長者となりアメリカンドリームをかなえたヨシダソース創業者ビジネス7つの法則』(2011年11月16日、ディスカヴァー・トゥエンティワンISBN 978-4799310847
  • 『「人儲け」できない人生ほどつまらないものはない! アメリカンドリームを体現した男が語る人生充実の極意』(2014年6月14日、こう書房)ISBN 978-4769611240
  • 『人生、金儲けやない、人儲けや!』(2020年3月19日、ヨシダフーズインターナショナルジャパン)ISBN 9784991137600
    • 『人生、金儲けやない、人儲けや!』(2021年3月27日、ヨシダフーズインターナショナルジャパン)ISBN 9784584213506

DVD

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  • 『アメリカンドリームをつかんだ男の“非常識な成功法則”』(2007年1月10日、ビジョネット)

主なメディア出演

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脚注

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 吉田潤喜 氏 講演会”. 長野市芸術館公式サイト Nagano City Arts Center. 2021年12月31日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 米でソース製造・吉田潤喜さん ヨシダフーズインターナショナル「オリジナルグルメのたれ」:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web. 2021年12月31日閲覧。
  3. 第74回 Yoshida Group 吉田潤喜 2 ドリームゲート 2008年10月6日
  4. 吉田潤喜会長の『KYC福島特別講演会』 KYC 在日本朝鮮青年商工会[リンク切れ]
  5. 第74回 Yoshida Group 吉田潤喜”. 2025年4月21日閲覧。
  6. 吉田潤喜ストーリー(コミック編)66ページ
  7. 「ヨシダソース」創設者吉田潤喜 1/3. YouTube. 2024年5月22日閲覧.
  8. 100%のパッションがあれば何でもできる、99%ではダメだ--吉田潤喜・ヨシダグループ会長兼CEO | 企業戦略”. 東洋経済オンライン (2011年12月8日). 2021年12月31日閲覧。
  9. 【東洋経済】100%のパッションがあれば何でもできる、99%ではダメだ--吉田潤喜・ヨシダグループ会長兼CEO
  10. 吉田潤喜氏×本田健ビジネスコンサルティングセミナー. YouTube. 2019年4月13日.
  11. 19歳で単身渡米「年商250億円」のグループ企業を築くまで。“4度の破産危機”を乗り越えたアメリカの“敗者復活”文化
  12. トーセの会長が通う店 創作おばんざい「KITCHEN よし田」|京の会長&社長めし-京都知新”. www.kyoto-chishin.com. 2021年12月31日閲覧。
  13. 【PRESIDENT】19歳で渡米し、ソースを売って年商250億円…「アメリカンドリーム」を実現した日本人の"死に物狂い"の人生
  14. 【東洋経済】アメリカンドリームの体現者・「ヨシダグルメソース」吉田潤喜会長インタビュー。成功の裏側と 個人主義の国アメリカに息づく"お節介"の関係
  15. 平成22年度外務大臣表彰受賞者リスト
  16. 「成功の鍵は"ツキ"を導く行動にあり」 - テレビ東京 2006年10月23日
  17. 2017年4月22日(土)放送”. AbemaTV (2017年4月21日). 2018年2月28日閲覧。
  18. 全米で成功!日本の〇〇広めイチローより有名?な男性”. 世界ナゼそこに?日本人. テレビ東京 (2018年5月28日). 2018年5月28日閲覧。

外部リンク

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