吉田潤喜

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吉田 潤喜(よしだ じゅんき、旧名:準輝(読み同じ)、1949年12月7日[1] - )は、アメリカ合衆国実業家空手家京都府京都市南区出身。吉田ソース創業者[2]ヨシダグループ会長[2]。オレゴン州知事経済顧問、全米空手道連盟理事などを務める[2]

実姉は、京都市で「KITCHEN よし田」を営む[3]。お笑い芸人・TIMのレッド吉田は従兄弟。1977年にアメリカ国籍を取得している[2][4]

人物[編集]

在日韓国人2世[5][6]。七人兄弟の末っ子として生まれる[1]。父はカメラマン、母は雀荘や焼き肉屋を営んでいたが、生活は苦しかった[要出典]。4歳時、事故で右目を失明[要出典]空手に打ち込み、8段までに昇格している[1]

大学受験の失敗を機に、1969年1月24日[1]アメリカ合衆国不法移民し、レストランの皿洗いのほか、空手の腕を買われて大学講師や警察学校の師範を務めたが、経済的には厳しい生活が続いた[2]。リンダ・マクファレンと結婚した後、空手道場を開く[2]。この道場でバーベキュー料理を振る舞った際、自作したソースが人気を呼んだため[2]、バーベキューソース「吉田グルメのたれ」として商品化した[1]コストコでカウボーイハットと着物、ゲタといった格好で実演販売をして大ヒットとなる[2]。1982年、オレゴン州にヨシダフーズを設立した[2]

米国の中小企業局(SBA)が選ぶ全米24社の中に、FedEx、Intel、AOL、HPなど並んで「殿堂入り」を果たした[1]。2005年にはNewsweek日本版で「世界で最も尊敬される日本人100」に選ばれる[1]。2017年7月、日米の友好に貢献したことを理由に外務大臣賞を受賞した[1]

現在、吉田ソースは10カ国で販売されている[要出典]。ヨシダグループは全18社、年商約250億円の企業グループに成長した[7]

著書[編集]

DVD[編集]

  • 『アメリカンドリームをつかんだ男の“非常識な成功法則”』(2007年1月10日、ビジョネット)

出演[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h 吉田潤喜 氏 講演会”. 長野市芸術館公式サイト Nagano City Arts Center. 2021年12月31日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 米でソース製造・吉田潤喜さん ヨシダフーズインターナショナル「オリジナルグルメのたれ」:東京新聞 TOKYO Web” (日本語). 東京新聞 TOKYO Web. 2021年12月31日閲覧。
  3. ^ トーセの会長が通う店 創作おばんざい「KITCHEN よし田」|京の会長&社長めし-京都知新” (日本語). www.kyoto-chishin.com. 2021年12月31日閲覧。
  4. ^ 吉田潤喜ストーリー(コミック編)66ページ
  5. ^ 第74回 Yoshida Group 吉田潤喜 2 ドリームゲート 2008年10月6日
  6. ^ 吉田潤喜会長の『KYC福島特別講演会』 KYC 在日本朝鮮青年商工会[リンク切れ]
  7. ^ 100%のパッションがあれば何でもできる、99%ではダメだ--吉田潤喜・ヨシダグループ会長兼CEO | 企業戦略” (日本語). 東洋経済オンライン (2011年12月8日). 2021年12月31日閲覧。
  8. ^ 2017年4月22日(土)放送”. AbemaTV (2017年4月21日). 2018年2月28日閲覧。
  9. ^ 全米で成功!日本の〇〇広めイチローより有名?な男性”. 世界ナゼそこに?日本人. テレビ東京 (2018年5月28日放送). 2018年5月28日閲覧。

参考文献[編集]

  • 朝日新聞 2012年6月2日

外部リンク[編集]