助惣焼

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助惣焼(すけそうやき)は江戸時代江戸で売られた菓子で、どら焼きといわれたものでは、この時代で初期のものである。助惣ふの焼とも。

小麦粉を水に溶いて薄く伸ばして焼き、その種皮でに種を包んでつくったもの[1]寛永年間に始めて、江戸麹町三丁目橘屋で大木元佐治兵衛が売っていた。 当時の江戸時代の風俗を著した守貞謾稿では、助惣焼について「温飩粉を薄くやきて餡を包み、麹町にて売る。今も存すれども廃れて買ふ人稀なり。」とある。

長命寺桜餅の原形のようなかたちをしており、安土桃山時代ふの焼に基本的な作りは似る。銅鑼を鉄板代わりに焼いた(あるいは銅鑼に似た鉄板で焼いた)ことから別名で「どら焼き」とも呼ばれ、現在のどら焼きの由来ではないかといわれる。

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出典[編集]

  1. ^ 貨幣博物館 麹町菓子舗「助惣」引札”. 2012年8月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月13日閲覧。