六ツ美町

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むつみちょう
六ツ美町
廃止日 1962年10月15日
廃止理由 編入
現在の自治体 岡崎市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
碧海郡
総人口 10,186
国勢調査1960年
隣接自治体 碧海郡桜井町、岡崎市
西尾市額田郡幸田町
六ツ美町役場
所在地 愛知県碧海郡六ツ美町大字下青野
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1962年10月15日、六ツ美町は岡崎市に編入された。

六ツ美町(むつみちょう)は、かつて愛知県碧海郡にあったである。

現在の岡崎市の南西部、矢作川の東岸である。

沿革[編集]

  • 江戸時代末期、この地域は岡崎藩領、旗本領などであった。
  • 1906年(明治39年)5月1日 - 占部村糟海村中井村中島村合歓木村上青野村が合併し、六ツ美村となる。
  • 1914年(大正3年)3月6日 - 中島大字下中島字上丸ノ内の田が悠紀斎田(ゆきさいでん)に選ばれる。
  • 1915年(大正4年)
  • 1958年(昭和33年)10月15日 - 町制施行し、六ツ美町となる。
  • 1959年(昭和34年)5月 - 六ツ美町長に鍋田紀之が就任(最後の町長)[4]
  • 1962年(昭和37年)
    • 3月30日 - 六ツ美町31部落のうち、26部落が岡崎市への合併賛成、中島5部落が未定という意見がまとめられる[5]
    • 4月 - 西尾市が六ツ美町に対し、公文書をもって全町合併の申し入れをする[5]
    • 6月 - 西尾市は全町合併は困難と判断し、六ツ美町南部の合併を申し入れる。その後さらに要求を縮小し、中島5部落だけの合併を申し入れる[5]
    • 7月24日 - 中島5部落を含め六ツ美町の90%以上の住民が、岡崎市合併に関し賛同の意を表明[5]
    • 7月27日 - 岡崎市と六ツ美町全域の合併が決定[5]
    • 10月15日 - 岡崎市に編入される。

学校[編集]

交通機関[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ * 『新編 岡崎市史 総集編 20』 新編岡崎市史編さん委員会、1993年3月15日、614頁。
  2. ^ 岡崎市/教えてバンク(よくある質問)/地域振興/観光振興/悠紀斎田お田植えまつりについて知りたい。
  3. ^ 野々山克彦 『大嘗祭 悠紀斎田』 野々山克彦、2014年4月1日、55頁。
  4. ^ 『新編 岡崎市史 現代 5』 新編岡崎市史編さん委員会、1985年12月28日、614頁。
  5. ^ a b c d e 『新編 岡崎市史 現代 5』 新編岡崎市史編さん委員会、1985年12月28日、272頁。
  6. ^ 岡崎市合併後に六ツ美北中学校を分離。
  7. ^ 岡崎市合併後に六ツ美北部小学校、六ツ美西部小学校を分離。
  8. ^ 1943年12月16日休止。1959年11月20日廃止。
  9. ^ 停留所扱い。1915年廃止。

関連項目[編集]