八風峠

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八風峠
所在地 日本の旗 日本
滋賀県東近江市三重県三重郡菰野町
座 標 北緯34度57分12.5秒 東経136度05分52.0秒 / 北緯34.953472度 東経136.097778度 / 34.953472; 136.097778座標: 北緯34度57分12.5秒 東経136度05分52.0秒 / 北緯34.953472度 東経136.097778度 / 34.953472; 136.097778
標 高 940 m
山 系 鈴鹿山脈
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八風峠(はっぷうとうげ)は、滋賀県東近江市黄和田町と三重県三重郡菰野町との間の八風街道途中にある。標高は940m。

この峠越えは八風越え、田光越えとも呼ばれる[1]。連歌師宗長の宗長日記や山科言継言継卿記に八風峠の峻嶮さが記されている[1]吾妻鏡によると1204年元久元年)2月に平氏残党が蜂起して伊勢伊賀両国を占領し、八峯山すなわち八風峠を抑えたとの記載があり、鈴鹿峠と同様に重要な交通路であったことが知られる[1]

八風という名称については、伊勢風土記の以下の記述をもとにしている[2]

天日別命(あまのひわけのみこと)、天皇の命を受けて大和国より伊勢国へ攻め入り、国津神(くにつかみ)の伊勢津彦に「この国を天孫に献上せよ」と命じしが「吾はこの国を治めて年久しく、命をば聞かじ」と答えば、天日別命は「戦を起こして汝を殺す」と申し、伊勢津彦は、怖れて「吾が国は、ことごとく天孫に献上して、吾は今夜八風を起し海の水を吹き波に乗り東に去りぬ

出典[編集]

  1. ^ a b c 木村至宏 (1994年7月26日). 図説・近江の街道. 郷土出版社. p. 182. 
  2. ^ ふるさとの山11 八風峠”. 菰野町. 2019年9月6日閲覧。

関連項目[編集]