八分儀

八分儀(はちぶんぎ、Octant)は天体や物標の高度、水平方向の角度を測るための道具。測量や航海に用いられ、弧が45°(360°の八分の一)であるところからこの名がついた。測定には平面鏡の反射を利用しており、45°の弧に90°までの目盛りが書き込まれている。
歴史
[編集]1699年にアイザック・ニュートンが天体像を鏡で二重反射させて水平線と合わせる方式の八分儀を考案し、エドモンド・ハレーに設計図を託したが、その発表は1742年となった[1]。
この間、1730年にジョン・ハドリーによってこれとは別に八分儀(オクタント)が開発された[1]。1731年にジョン・ハドリーは王立協会の講演でこの八分儀(オクタント)の説明を行い、翌年には海上実地試験を行った[2]。一方、同時期にアメリカでトーマス・ゴッドフリーが六分儀(セキスタント)を考案し[2]、1730年には既に海上で使用されていたが[1][2]、1732年まで王立協会の注目を受けるには至らなかった[2]。のちにジョン・ハドリーとトーマス・ゴッドフリーの両人には王立協会から賞金200ポンドが与えられた[2]。
1732年にはジャンポールフシー、1734年にはカレブスミス等が型式を考案し、最終的にフレームを縦にして上部に回転部を付ける構造が残った[1]。さらにインデックスバーにバーニアスケール(副尺)を付けるなど精度の向上が図られた[1]。
他方で月距測定用八分儀の問題点がイギリスのAdmiral John Campbellによって指摘された[1]。1757年にはJohn Birdが測定範囲を120°まで広げた六分儀を製作するなど改良が進んだ[1]。1767年にはグリニッジ天文台が月距法(月と星の角度)によってグリニッジ天文台時刻を知る方法を発表したが、八分儀では観測角度が不足していた[1](天測航法及び航海年鑑 (イギリス)参照)。それでも八分儀は19世紀頃まで利用された[1]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 飯島幸人 『航海技術の歴史物語』 成山堂書店、2002年、ISBN 4425431618、86-91頁