亀山城 (備前国)

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亀山城
岡山県
全景
全景
別名 沼城
城郭構造 平山城
築城主 中山信正
築城年 天文年間
主な城主 中山氏宇喜多氏
廃城年 慶長6年(1602年
遺構 曲輪、土塁の痕跡、石列
位置

亀山城(かめやまじょう)は岡山県に存在した日本の城平山城)。沼城とも呼ばれる。

概要[編集]

現在の岡山市東区沼の浮田小学校の東隣に位置し、天文年間浦上宗景配下の中山信正が築城した。永禄2年(1559年)、主命により宇喜多直家は義父の信正を謀殺して城主となった。岡山城に移るまで以後15年間は当城を拠点とし、竜の口城の攻略や三村氏との戦いを進めた。慶長6年(1602年)、岡山に移封された小早川秀秋によって廃されている。

本丸跡にはソテツが植えられている。当城で生まれた宇喜多秀家(直家の子)は関ヶ原の戦いに敗れた結果、八丈島流罪となった。子孫が赦免されたのは明治維新後であったが、その時八丈島でソテツの花が咲いた(赦免花)という言い伝えから、植えられた物である。公園化に伴い1980年代まで主郭に残存していた土塁は破壊され、現在は痕跡を留める程度になっている。

建築[編集]

  • 天守が岡山城に移築され大納戸櫓として利用されたが明治維新後に破却された。

参考文献[編集]


関連項目[編集]