上杉勝義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 
上杉勝義
時代 江戸時代後期
生誕 寛政4年9月3日1792年10月18日
死没 安政5年7月29日1858年9月6日
官位 従五位下駿河佐渡
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉家慶
出羽米沢新田藩
氏族 上杉氏
父母 父:上杉勝熙、養父:上杉勝定
兄弟 斉定、男子2人、勝義、女子2人
正室:上杉勝定娘
養子:勝道(上杉斉定四男)

上杉 勝義(うえすぎ かつよし)は、江戸時代後期の大名出羽国米沢新田藩4代藩主。

寛政4年(1792年)、米沢藩8代藩主・上杉重定の長男である上杉勝熙の四男[1]として誕生。

文化12年(1815年)6月21日、米沢新田藩4代藩主・上杉勝定の養嗣子となり、同年11月9日に家督を継いだ。天保13年(1842年)3月9日に家督を甥で養子・勝道(兄・斉定の子)に譲って隠居した。

安政5年(1858年)、死去。享年67。

脚注[編集]

  1. ^ 『上杉鷹山』(吉川弘文館)では三男。