上原光徳

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上原光徳(うえはら みつのり)は、愛媛県出身の経営者である。bjリーグ大阪エヴェッサを運営するヒューマンスポーツエンターテインメントの代表取締役を経て、2010年5月、芦屋大学入学戦略部長(入学事務室長兼任)に就任。2016年12月学校法人芦屋学園事務局長に就任。

プロフィール[編集]

1962年愛媛県生まれ。愛媛県立八幡浜高等学校から関西大学経済学部卒業。1984年に卒業後、双葉商事に入社し、1993年にヒューマンアカデミーに転職する。

大阪エヴェッサをbjリーグ参入を導いた功績[編集]

  • 上原はbjリーグに当初参加予定であった大阪ディノティクスにかわり、大阪エヴェッサを創設させたことでも知られている。これは、ヒューマングループがバスケットボールカレッジを設立しようとしていた時、bjリーグのトライアウトに訪れた上原が関係者に誘われたのがきっかけである。このとき、運営費がJリーグの10分の1の運営費ですむことを知り、上原は日本での第3のプロリーグとして成功すると思ったという。
  • しかし、現実は甘くなかった。スポンサー企業探しをしていると、「見たことのないプロスポーツに何でお金を出せるんだ!」や、「バスケットにお金を出すなら卓球に出す!」というように、上原は「お金を払ってバスケットを見に行く習慣がない中で、ビジネスを成立させるのは難しい。」と思ったという。この時期、監督選び、スタッフ集めなどが同時進行で進められ、開幕にようやく間に合ったという。
  • 逆風の中、開幕を間近にしたなみはやドームでのプレシーズンマッチで、無料とはいえ、6000人の観衆を集めたのだが、開幕戦のチケットは全く売れなかった。そこで上原は、「1枚でも多く売ろう!」と必死になり、上原は開幕前夜もオフィスでチラシの袋詰めをしていたという。この努力の甲斐もあり、開幕戦には4190人の観衆を集めることに成功した。

人物[編集]

  • 野球、サッカー、バスケットボール、アメリカンフットボール、ボウリングなど、スポーツ好きで知られている。
  • 天日謙作ヘッドコーチとの出会いは、お付き合いのある高校の校長先生から紹介されたのがきっかけ。松下電器という大企業を退職してプロリーグのヘッドコーチになるという熱意に上原は「この人だ!」と思ったという。
  • 中学時代はバスケットボール部に所属していたが、うさぎ跳びなどの練習がきつく、1年の1学期で退部した。本人曰く、「身長を伸ばしたかったから入部した。」という。