天日謙作
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| 西宮ストークス AC | |
|---|---|
| 役職 | アシスタントコーチ |
| 身長(現役時) | 189cm (6 ft 3 in) |
| -- | |
| 基本情報 | |
| 本名 | 天日謙作 |
| ラテン文字 | Kensaku TENNICHI |
| 日本語 | 天日謙作 |
| 誕生日 | 1966年10月21日(52歳) |
| 国 |
|
| 出身地 | 大阪府羽曳野市 |
| ドラフト | |
| 選手経歴 | |
| 1989-2001 | 松下電器 |
| 指導者経歴 | |
| 2003-2005 2005-2010 2010-2016 |
パナソニック 大阪エヴェッサ 芦屋大学 |
| 代表歴 | |
| キャップ |
|
天日 謙作(てんにち けんさく、1966年10月21日 - )は、大阪府羽曳野市出身のバスケットボール選手・指導者である。
来歴[編集]
峰塚中学校でバスケットボールを始め、羽曳野高校を経て、日本体育大学に進学。3年次にはインカレ優勝を経験する[1]。
卒業後の1989年、松下電器に進む。松下では日本リーグ2度、オールジャパン2度の優勝に貢献。第72回オールジャパンではベスト5に選出される。
1992年にはジョーンズ杯に出場する全日本B代表に選ばれる。
2001年に現役引退し、ポール・ウェストヘッドヘッドコーチの元でアシスタントコーチ就任。ウェストヘッド退任後の2003年にはヘッドコーチに昇格。
2005年に松下電器を退社し、bjリーグに参戦する大阪エヴェッサの初代ヘッドコーチに就任。リーグ初代王者に導き、最優秀コーチに選ばれる。
2006-07、2007-08も引き続き指揮を執り3連覇を達成したが、2009-10シーズンをもって退任した。
2010年9月、芦屋大学バスケットボール部ヘッドコーチ(客員教授)に就任[2]。
2016年オフ、Bリーグ2部に参加する西宮ストークスヘッドコーチ(ライセンスの都合上肩書はアシスタントコーチ)就任[3]。
経歴[編集]
- 羽曳野高校 - 日本体育大学 - 松下電器(1989年〜2001年) - 松下電器AC - パナソニックHC - 大阪HC
日本代表歴[編集]
- 1992年ジョーンズ杯
豆知識[編集]
- オーストラリアのシドニー生まれで、1歳の頃に羽曳野市に移転してきた。かつて、藤井寺球場を本拠地にしていた近鉄バファローズのファンであった。
- 羽曳野高校時代の監督の比嘉悟は現在、エヴェッサのオーナーズクラブであるエビス町倶楽部の会員である。
脚注[編集]
- ^ “講師紹介>天日 謙作”. 有限会社 リトルフロンティア (2011年). 2015年9月3日閲覧。
- ^ “芦屋大学バスケットボール部”. 芦屋大学バスケットボール部 (2015年). 2015年9月3日閲覧。
- ^ “西宮ストークス、新指揮官に天日氏 バスケット”. 神戸新聞. (2016年6月13日) 2017年7月5日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 天日謙作オフィシャルサイト (日本語)
- 大阪エヴェッサ-天日謙作- (日本語)
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B.LEAGUE 2018-19シーズンのヘッドコーチ
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