三遊亭五九楽

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
三遊亭さんゆうてい 五九ごくらく
.mw-parser-output ruby>rt,.mw-parser-output ruby>rtc{font-feature-settings:"ruby"1}.mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}三遊亭(さんゆうてい) .mw-parser-output ruby>rt,.mw-parser-output ruby>rtc{font-feature-settings:"ruby"1}.mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}五九(ごく).mw-parser-output ruby>rt,.mw-parser-output ruby>rtc{font-feature-settings:"ruby"1}.mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}楽(らく)
三ツ組橘は、5代目圓楽一門の定紋である。
本名 藤原 亮(ふじわら まこと)
生年月日 (1961-07-20) 1961年7月20日(59歳)
出身地 日本の旗 日本埼玉県越谷市
師匠 5代目三遊亭圓楽
名跡 1. 三遊亭ちょび安(1981年 - 1984年)
2. 三遊亭五九楽(1984年 - )
出囃子 清正の虎退治
活動期間 1981年 -
所属 大日本落語すみれ会→落語円楽党→落語ベアーズ→円楽一門会

三遊亭 五九楽(さんゆうてい ごくらく、1961年7月20日 - )は、埼玉県越谷市出身の落語家。円楽一門会所属。埼玉県立越ヶ谷高等学校卒業。本名は藤原 亮(ふじわら まこと)。出囃子は『清正の虎退治』。

来歴[編集]

父は警察官警視庁警視)だった。春日部市立谷原中学校では、落語研究部に所属した。1979年3月に埼玉県立越ヶ谷高等学校を卒業した。

1981年10月、5代目三遊亭圓楽に入門する。この際、父から猛反対を受けたという[要出典]。入門後は三遊亭楽太郎(現・6代目三遊亭圓楽)付きとなった。楽太郎は弟子を採る前で、実質的に楽太郎一門の教育係として総領弟子のポジションを担っていたためである。『三遊亭ちょび安』の名で初高座。

1984年10月、二つ目に昇進し、五九楽に改名した。

1992年3月に真打に昇進する。

人物[編集]

紙切り2代目林家正楽の長男3代目桂小南は春日部市立武里小学校で同級生だった。

スリムで顔が小さい。グリーンチャンネルで共演していた隣に座する女性キャスターが大きく見えないように後ろに下がって映っていたという。スリム過ぎる体型を本人も自覚しており、高座でのまくらは必ず『相変わらずの虚弱体質ですが~』で始まるが、至って健康体である。

2007年放送の中央競馬中継WEST内で、G1不的中記念として五九楽の手ぬぐい(岡部玲子のサイン入り)プレゼント企画があった。しかしこの企画に岡部は、「何でこんなのにサインしなくちゃいけないんですか」と嫌がっていたが、結局サインをし視聴者にプレゼントをした。だが五九楽と岡部のクラシックパークコンビのこの行為に「何を考えてるのですか。10万や100万の馬券が当たらなくてどうするのですか」と競馬ジャーナリストの芦谷有香(当時日曜午後WEST担当)が激怒した。

受賞歴[編集]

  • 1988年1989年 平成元年度、にっかん飛切落語会努力賞受賞。
  • 1994年7月 国立演芸場花形演芸会銀賞を『船徳』にて受賞。

出演番組[編集]

著書・ライブラリーetc[編集]

  • (株)中央競馬ピーアール・センター刊行『優駿』コラム(不定期)

CM[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]