ロベール・ギャル

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ロベール・ギャル(Robert Gall、1918年5月27日 - 1990年5月16日)は、フランス作詞家である。

生涯[編集]

ヨンヌ県サン=ファルゴー英語版で1918年5月27日に生まれた。

木の十字架少年合唱団の共同設立者であるポール・ベルティエ英語版の娘のセシルと結婚した[1]。セシルとの間の娘に、歌手のフランス・ギャル(本名 イザベル・ギャル)がいる。他に、パトリスとフィリップの双子の息子がおり、2人とも音楽の世界で仕事をしている。フランス・ギャルに提供した曲の中には、作詞ロベール、作曲パトリスのものが何曲かある。

当初はオペラ歌手だったが、ポピュラー歌手に転向し、1947年に"Monsieur Schubert"、1950年に"Aimer comme je t'aime"をリリースした。その後作詞家になり、1960年代前半にはシャルル・アズナヴール(『ラ・マンマ英語版』)やエディット・ピアフなどに楽曲を提供した。1963年に娘のイザベルがフランス・ギャルとして歌手デビューすると、その楽曲を提供するようになった。1965年以降は娘の曲しか製作しておらず、モーリス・ティーゼフランス語版に代わって自らプロデュースをするようになった。

1990年5月16日にパリ13区で死去し、モンマルトル墓地の第22区画に埋葬された。

作品[編集]

エディット・ピアフに提供した楽曲[編集]

フランス・ギャルに提供した楽曲[編集]

原題の後は日本発売時のタイトル。

1963年[編集]

  • J'entends cette musique(審判のテーマ) 作曲:ジャック・ダタンフランス語版
  • Pense à moi(パンス・ア・モア)フランス・ギャルとの共作 作曲:ジャック・ダタン

1964年[編集]

1965年[編集]

  • Le cœur qui jazze(ジャズる心) 作曲:アラン・ゴラゲール
  • Et des baisers(バラ色のキッス) 作曲:アラン・ゴラゲール
  • Deux oiseaux(二羽の鳥) 作曲:アンドレ・ポップ
  • On se ressemble toi et moi(恋はふしぎ) 作曲:クロード=アンリ・ヴィック
  • Le Temps de la rentrée(恋の家路) 作曲:パトリス・ギャル

1966年[編集]

  • Cet air-là(想い出のうた) 作曲:アラン・ゴラゲール
  • Quand on est ensemble ローラン・ベルティエとの共作 作曲:レイモン・ルフェーブルフランク・プゥルセル
  • Oh ! Quelle famille 作曲:ジョルジュ・リフェルマン
  • Celui que j'aime 作曲:パトリス・ギャル
  • L'Écho 作曲:アラン・ゴラゲール
  • La Guerre des chansons(シャンソン戦争) 作曲:パトリス・ギャル

1967年[編集]

  • La Petite Mya Similleとの共作 作曲:ギー・マジェンタ
  • Les Yeux bleus(青い瞳が恋してる) 作曲:クロード=アンリ・ヴィック
  • Chanson pour que tu m'aimes un peu(あなたに贈る歌) 作曲:パトリス・ギャル
  • Chanson indienne(インドのうた) 作曲:デイヴィッド・ウィテカー英語版フランス語版

1968年[編集]

1969年[編集]

1970年[編集]

脚注[編集]

  1. ^ avis de décès de Cécile Gall” (2021年7月17日). 2023年2月13日閲覧。