ロザリア・ロンバルド

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ロザリア・ロンバルド

ロザリア・ロンバルド(Rosalia Lombardo, 1918年12月13日 - 1920年12月6日)は、イタリアパレルモにあるカプチン・フランシスコ修道会の地下納骨堂カタコンベ)内にある聖ロザリア礼拝堂に安置されている少女。

将軍であったマリオ・ロンバルドの娘で、1920年に肺炎により2歳で亡くなった。その後、ロザリアはカプチン会独特の死体埋葬方法であるミイラ保存をされることになる。しかしながら、カプチン会の納骨堂に安置されている約8,000の遺体の殆どが白骨化してしまっている中で、それらのミイラとは異なりロザリアは死後90年以上経過しているにも拘らず、あたかも眠っているかのような状態で生前の姿をとどめ続けている。もともと父の希望でミイラ化されたが、その後数年で遺族が亡くなり娘を参る者はいなくなったと言う。

彼女のミイラは当時の有名政治家・パレルモ大司教・文化人などの著名人のエンバーミングを施していた遺体保存専門家で医師でもあるアルフレッド・サラフィアの手によって防腐処置を行われたが、サラフィア自身秘密主義者でもあったため長らくその遺体の保存方法は不明とされて来た。しかし2009年イタリアの生物人類学者であるピオンビーノ・マスカリの調査によりサラフィアの2番目の妻の子孫の手元に保管されていたサラフィア自身が生前書き残していたミイラカルテが発見された。このカルテの記録から本人が他に何体ものミイラを同カタコンベに残していた事実が明らかになる。そしてそのカルテには自身が手がけたミイラ保存に用いた薬品等、製法が記録されており、ロザリアの場合も例に漏れず製法の記録が残されていたことから彼が使用した薬品が「ホルマリン」「塩化亜鉛」「アルコール」「サリチル酸」「グリセリン」を使用して作られたものであると解明された。アルコールが遺体のミイラ化を促進した一方でグリセリンが適度な湿潤を保ち、サリチル酸は菌の繁殖を防いだと考えられている。特筆すべきは亜鉛塩の作用によりロザリアの体が腐敗を免れたと見られる。また、最後に頬に「パラフィン」が注入された。パラフィンは蝋燭の原料でもあり、パラフィンを注入することで顔をふっくらと保つことを目的としたものと考えられる。このサラフィアによるミイラ製法は、遺体保存に対し冷凍を主とするアメリカの医師達から絶賛された。

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