ル・プリガン

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Le Pouliguen
Blason ville fr Le Pouliguen (Loire-Atlantique).svg
Pouliguen.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏Blason région fr Pays-de-la-Loire.svg
(département) ロワール=アトランティック県Blason fr Loire Atlantique.svg
(arrondissement) サン=ナゼール郡
小郡 (canton) ラ・ボール=エスクブラック小郡
INSEEコード 44135
郵便番号 44510
市長任期 イヴ・ラネ
2014年 - 2020年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté d'agglomération Cap Atlantique
人口動態
人口 4810人
2012年
人口密度 1096人/km2
住民の呼称 Pouliguennais
地理
座標 北緯47度16分40秒 西経2度25分45秒 / 北緯47.2777777778度 西経2.42916666667度 / 47.2777777778; -2.42916666667座標: 北緯47度16分40秒 西経2度25分45秒 / 北緯47.2777777778度 西経2.42916666667度 / 47.2777777778; -2.42916666667
標高 平均:m
最低:0m
最高:23m
面積 4.39km2
Le Pouliguenの位置(フランス内)
Le Pouliguen
Le Pouliguen
公式サイト http://www.lepouliguen.fr/
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ル・プリガンLe Pouliguen)は、フランスペイ・ド・ラ・ロワール地域圏ロワール=アトランティック県コミューン

ル・プリガンは、漁港とマリーナがあることで有名なコート・ダムール(fr、アムール海岸)の海水浴リゾート地である。ル・プリガンは、バ=シュル=メールとともに、県内で最も近年までブルトン語が話されていた土地である。ル・プリガン村では19世紀までブルトン語が話されていた。

由来[編集]

ル・プリガンという名はブルトン語のAr Poulgwenn(小さな白い入り江。ヴァンヌ方言ではAr Poulig'gwenn)からきている。

地理[編集]

ル・プリガンはロワール=アトランティック県の大西洋岸にあり、ル・クロワジック半島の東部分を占める。サン=ナゼールの西約15kmにある。

ル・プリガンの西側はバ=シュル=メール、北はゲランドのゲランド塩水湿地帯である。東側は湿地帯を通じて大西洋とつながっている。

歴史[編集]

1900年代のル・プリガン港
救命ボートの出発。1900年代

ル・プリガンは、もとはバ=シュル=メールに属する教区であり一部であった。1820年に独立した教区となり、1854年、港のあるル・プリガンと、ペンシャトーの村が一つになってコミューンとなった。

ペンシャトーの岬は、先史時代において重要な地だった。そこでは4列に並んだ壁の跡が発見されている[1]。1つの仮説として、紀元前450年頃、この砦はコルビロ(fr:Corbilo、ガリア人が築いた港の名)防衛システムの一部であったという。19世紀以前、ル・プリガン港は漁業を基盤とした港で、ロワール川方面や北ヨーロッパ方面に塩を輸送していた。漁夫の住宅が証明しているように、船主や塩の製造業者の住宅は村の中心にあった。19世紀には、ジュラ出身の実業家ブノワ兄弟の缶詰工場が1830年代にできた。

しかし主な発展は19世紀半ばから、非常にエリート主義のかたちで海辺の観光とつながっていた。さらには鉄道の到来で発展が続いた。1879年にはサン=ナゼール-ル・クロワジック路線が開通した。1880年代、ラ・ボール=エスクブラック西側の海岸の細分化が行われ、ジュール・ブノワによって設計された。ブノワ海岸という名がつけられたのはこの時代である。この海岸はグランド・プラージュ・デュ・プリガン(Grande plage du Pouliguen)とも呼ばれた。

第二次世界大戦末期、サン・ナゼール・ポケットが存在したため、ロワール河口の隣接地域はル・プリガンを含めドイツによる占領が他よりも9ヶ月長く続いた(1944年8月から1945年5月11日まで)。ドイツ本国の降伏後も3日間、サン・ナゼール・ポケットの実効支配は続いた。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2011年
3658 3788 4276 4383 4912 5265 5308 4810

参照元:1999年までEHESS/Cassini[2]、2004年以降INSEE[3][4]

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Fabrice Abbad, dir., La Loire-Atlantique des origines à nos jours, éditions Bordessoules, Saint-Jean-d'Angély, 1984, page 64.
  2. ^ http://cassini.ehess.fr/cassini/fr/html/fiche.php?select_resultat=27777
  3. ^ http://www.statistiques-locales.insee.fr
  4. ^ http://www.insee.fr