ル・タンプル=ド=ブルターニュ

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Le Temple-de-Bretagne

行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏
(département) ロワール=アトランティック県
(arrondissement) ナント郡
小郡 (canton) ブラン小郡
INSEEコード 44203
郵便番号 44360
市長任期 パスカル・マルタン
2014年 - 2020年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes Cœur d'Estuaire
人口動態
人口 1865人
2012年
人口密度 1084人/km2
住民の呼称 Templiers
地理
座標 北緯47度19分44秒 西経1度47分20秒 / 北緯47.3288888889度 西経1.78888888889度 / 47.3288888889; -1.78888888889座標: 北緯47度19分44秒 西経1度47分20秒 / 北緯47.3288888889度 西経1.78888888889度 / 47.3288888889; -1.78888888889
標高 平均:m
最低:77m
最高:90m
面積 1.72km2
Le Temple-de-Bretagneの位置(フランス内)
Le Temple-de-Bretagne
Le Temple-de-Bretagne
公式サイト Site officiel
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ル・タンプル=ド=ブルターニュLe Temple-de-Bretagne)は、フランスペイ・ド・ラ・ロワール地域圏ロワール=アトランティック県コミューン。県内で最も面積の小さいコミューンである。

地理[編集]

県におけるル・タンプル=ド=ブルターニュの位置

アルモリカ山塊の尾根であるシヨン・ド・ブルターニュの中にある。ナントの北西20kmのところにある。

1999年にINSEEがまとめた順位表によると、ル・タンプル=ド=ブルターニュは都市化された農村型コミューンで、ナント都市部の一部、ナント=サン=ナゼール都市空間の一部である。

歴史[編集]

ソートロンの村を後にしてナントまでの道の中間地点、ナントから5リーグの距離にあり、ヴァンヌからの主要道上にある集落で、人々は足を止めなければならなかった。小さな集落はかつてコマンドリーであった。聖地の騎士たちが荒地や森に隠れた犯罪者に対して通行人を守るために設置したのである。先祖たちはこの場所をル・タンプル・モーペルテュイ(Le Temple Maupertuis、悪しき渡し)と呼んだ。これはなりたちと位置の両方を意味している。

聖地で巡礼者の守護を行っていたテンプル騎士団は、フランス王とブルターニュ公から資金と土地を寄付された。ナントにあるサント・カトリーヌのコマンドリーでそうしたように、テンプル騎士団はそこに新兵を訓練する機関を置いていた。彼らはル・タンプル・モーペルテュイのような戦略的要所に守備隊を設置していた。1312年、テンプル騎士団は解散させられた。

その後聖ヨハネ騎士団がテンプル騎士団の資産を引き継いだ。

フランス革命暦8年収穫月10日(1800年6月28日)、コミューンの名が単にル・タンプルとすることが決められた。しかし、フランス各地の旧コマンドリーに付けられた地名と混同されることから、「ブルターニュの」を意味するde Bretagneが付け足されることになった。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2012年
539 519 612 1009 1420 1557 1768 1865

source=1999年までLdh/EHESS/Cassini[1]、2004年以降INSEE[2][3]

脚注[編集]