ヨハン・クリストフ・バッハ

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ヨハン・クリストフ・バッハ

ヨハン・クリストフ・バッハJohann Christoph Bach, 1642年12月6日 - 1703年3月31日)はドイツバロック音楽作曲家オルガニスト

アルンシュタットハインリヒ・バッハの息子として生まれる。父のハインリヒはJ・S・バッハの祖父クリストフの弟で、またヨハン・クリストフはJ・S・バッハの先妻マリア・バルバラの祖父にあたる。

1663年から1665年までアルンシュタットの聖ゲオルク教会のオルガニストを務めたが、後にアイゼナハの宮廷オーケストラのチェンバロ奏者となった。ヨハン・クリストフは作曲家として名声を得ており、彼の存命中のバッハ一族の中ではJ・S・バッハのみがそれに匹敵しうる。兄弟のヨハン・ミヒャエル・バッハや、長子ヨハン・ニコラウス・バッハもまた作曲家である。J・S・バッハ作曲とされるいくつかの作品には、おそらくヨハン・クリストフの真作が混じっている。オルガン曲や合唱曲を幅広く作曲した。

音楽家として成功したにもかかわらず、ヨハン・クリストフはたびたび経済的に困窮し、そのためJ・S・バッハの両親が死去した際、J・S・バッハの扶養者には選ばれないという結果になった。多くの負債を抱えたまま、アイゼナハで死去した。

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