ヨハネス・ヴィルジング

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ヨハネス・ヴィルジング(Johannes Wilsing 、1856年9月8日1943年12月23日)はドイツの天文学者。

ベルリンに生まれた。ゲッティンゲン大学で学んだあとベルリン大学で学び、ベルリン大学から論文Über den Einfluss von Luftdruck und Wärme auf die Pendelbewegung(周期運動に対する気圧と温度の影響について(?))で博士号を得た。

1881年にポツダム天体物理天文台に入所し、1921年の引退までそこで働いた。始め、黒点の観測や太陽の自転周期の推定を含む太陽の研究を行った。1897年に太陽系に比較的近い恒星であるはくちょう座61番星視差の測定を行った。

1898年にポツダム天体物理天文台の観測員になり翌年ユリウス・シャイナーと協力して太陽からの電波の検出を試みたが、成功しなかった。同じ年に新星のスペクトルについての説明を試みた。恒星の明るさや色や直径についての研究を行った。ポツダムで没した。

月のクレーターに ヴィルジングの名が命名されている。

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