マイク・ミルズ
| Mike Mills | |
|---|---|
|
| |
| 基本情報 | |
| 生誕 | 1958年12月17日(67歳) |
| 出身地 |
|
| ジャンル |
オルタナティヴ・ロック インディー・ロック |
| 職業 | マルチ・インストゥルメンタリスト |
| 担当楽器 | ベース・ギター、鍵盤、ヴォーカル |
| 共同作業者 | R.E.M. |
マイク・ミルズ(Mike Mills、1958年12月17日 - )は、アメリカ合衆国のミュージシャン、ベーシスト、ソングライター。ロック・バンド、R.E.M.の結成メンバーとして、1980年から2011年の解散まで活動した。ベースに加えてピアノ、オルガンなどを演奏し、作曲、編曲、コーラスに携わった[1]。
R.E.M.以外では、ヒンドゥー・ラヴ・ゴッズやベースボール・プロジェクトに参加し、他の音楽家の作品で演奏やプロデュースを行った。解散後は、ヴァイオリニストのロバート・マクダフィーのために協奏曲を作曲し、ビッグ・スターの作品を演奏する公演や、ジョージア州の音楽を紹介する企画にも参加している[2]。
来歴
[編集]生い立ち
[編集]1958年12月17日、カリフォルニア州オレンジ郡に生まれ、幼少期にジョージア州へ移った。父はテノール歌手、母も歌とピアノ、ギターを演奏する音楽的な家庭で育ち、ミルズ自身も幼い頃からピアノを学んだ[3]。
メイコンの高校ではマーチング・バンドに入り、初めはスーザフォン、その後ベースを演奏した。同校でビル・ベリーと知り合った。当初は互いに好意を持っていなかったが、放課後の演奏を通じて親しくなり、ベースとドラムの組み合わせで活動するようになった[3]。
2人は学校のバンドに加え、結婚式やカントリー・クラブで演奏するトリオ、シャドウファックスやバック・ドア・バンドなどでも共演した。演奏曲はカヴァーが中心で、ミーターズなどのリズム・アンド・ブルースから、ドゥービー・ブラザーズやレーナード・スキナードのサザン・ロックまで幅広かった[4]。
高校卒業後はベリーと同居し、シアーズで働いた。ベリーを通じてイアン・コープランドと知り合い、彼が紹介するラモーンズ、ダムド、セックス・ピストルズなどのレコードに合わせてベースを弾いた。この交流は、新しいパンク・ロックへの関心と、演奏への意欲を高めるきっかけとなった[5]。
1979年1月、ベリーとともにアセンズへ移った。翌年、ベリーを通じてピーター・バック、マイケル・スタイプと演奏するようになった[6]。
R.E.M.
[編集]ミルズ、ベリー、バック、スタイプの4人は、1980年4月5日、アセンズの使われなくなった教会で開かれた友人の誕生日パーティーで初めて演奏した。その後R.E.M.を名乗り、1981年に「レディオ・フリー・ヨーロッパ」、1983年に最初のアルバム『マーマー』を発表した[7]。
ミルズは主にベースを担当し、ベリーとリズム・セクションを形成した。一方、そのベースはリズムやコードの基礎を示すだけでなく、バックのギターとは別の旋律を奏でる役割を担った。初期の録音では、アルペジオを中心とするギターと、音域を上下するミルズのベースが組み合わされ、バンドの特徴的な音を形作った[8]。
作曲にも継続的に携わった。「ロックヴィル」はミルズの作曲能力を示す初期の代表曲で、『夢の肖像』(1984年)では、それまでの速い演奏からカントリー風の編曲へ変更して録音された[9]。
『ライフズ・リッチ・ページェント』(1986年)に収録された「スーパーマン」では、リード・ボーカルを担当した。同曲はザ・クリークのカヴァーで、ミルズとベリーが地元の音楽家たちとの公演で演奏していた曲を、R.E.M.の録音へ取り入れたものだった[10]。
『グリーン』(1988年)では、「ユー・アー・ジ・エヴリシング」でアコーディオンを演奏した。バックのマンドリン、ベリーのベースと組み合わせることで、従来のギター、ベース、ドラムを中心とする編成を広げた[11]。
『アウト・オブ・タイム』(1991年)の制作では、鍵盤楽器を使う機会が増えた。同作の「ニア・ワイルド・ヘヴン」ではリード・ボーカルを担当し、「テクサーカナ」でも中心となる歌声を担った。ミルズは、これらの曲が明るいポップ・ソングに聞こえても、歌詞は必ずしも幸福な内容ではないと説明している[12]。
『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』(1992年)の「ナイトスウィミング」は、ミルズのピアノ曲を基に制作された。スタイプの歌とピアノを中心とする編曲は、バンドがドラムやエレクトリック・ギターに依存せずに楽曲を成立させる一例となった[13][14]。
1997年にベリーが脱退した後も、バック、スタイプとR.E.M.を続けた。バンドは2011年に解散を発表し、ミルズは以後、別バンドや共同制作、コンサート企画などで活動した[7][2]。
音楽性
[編集]ベースと鍵盤楽器
[編集]ミルズのベースは、独立した旋律を持つことを特徴とする。トニー・フレッチャーは初期の録音について、バックの簡潔なギターに対し、ミルズのベースがオクターヴを上下しながら明瞭に動き、低音域でも高音域でも存在感を保っていたと記している[8]。
幼少期から学んだピアノも、作曲と編曲の基礎となった。R.E.M.ではピアノ、オルガン、アコーディオンなどを使い、メンバーが担当楽器を替える際には鍵盤楽器の演奏を担った。『アウト・オブ・タイム』の制作では、ミルズの鍵盤、バックのマンドリン、ベリーのベースという組み合わせが、新しい音を探る手段となった[15]。
歌唱
[編集]スタイプの歌に重なるコーラスも、ミルズの重要な役割だった。初期からベリー、スタイプとハーモニーを組み、主旋律に別の旋律や言葉を重ねた[8]。
「スーパーマン」「ニア・ワイルド・ヘヴン」「テクサーカナ」などでは、リード・ボーカルも担当した。R.E.M.解散後の公演でも、これらの曲や「ドント・ゴー・バック・トゥ・ロックヴィル」を歌っている[16][17]。
R.E.M.以外のバンド活動
[編集]ヒンドゥー・ラヴ・ゴッズ
[編集]ヒンドゥー・ラヴ・ゴッズでは、バック、ベリー、アセンズの歌手ブライアン・クックらと活動した。1984年1月に40ワット・クラブで初めて演奏し、R.E.M.初期の曲や既存のロック曲を取り上げた[18]。
同年春には、バック、ベリーとともにウォーレン・ジヴォンのデモ録音に参加した。その際、クックの歌とジヴォンのピアノを加え、「ナレーター」とイージービーツの「ゴナ・ハヴ・ア・グッド・タイム・トゥナイト」を録音した。これらは1986年にシングルとして発売された[19]。
その後もジヴォンとの共演を続け、ブルースやカヴァー曲を収めたアルバム『Hindu Love Gods』が1990年に発表された[20]。
ニュー・インヴィンシブルズ
[編集]1988年初めには、アセンズの器楽サーフ・バンド、ニュー・インヴィンシブルズにドラマーとして参加した。R.E.M.での担当とは異なる楽器を演奏し、40ワット・クラブで数回の公演を行った[21]。
ベースボール・プロジェクト
[編集]ベースボール・プロジェクトは、スティーヴ・ウィンとスコット・マッコーイを中心に、野球の選手や歴史を題材とする楽曲を制作するバンドである。ミルズはバック、リンダ・ピットモンらとともに参加し、R.E.M.解散後もバックとの演奏を続ける場となった[22]。
2014年のアルバム『3rd』では正式なメンバーとして参加した[23]。2023年6月30日には『Grand Salami Time!』を発表し、ミルズは加工された野球のボールを題材とする「スタッフ」を提供した[24]。
『Grand Salami Time!』は、R.E.M.初期の録音でも協力したミッチ・イースターと制作した。メンバーが同じ部屋で演奏して録音し、イースターも一部の曲でギターを演奏した[24]。
プロデュース
[編集]ワクシング・ポエティクス
[編集]1986年、バージニア州のバンド、ワクシング・ポエティクスのアルバム『Hermitage』を、ミッチ・イースターと共同でプロデュースした。録音は、R.E.M.が最初のシングルやEPを制作したドライヴ・イン・スタジオで行われ、アルバムは1987年に発売された[25]。
ミルズは後に、当時はR.E.M.の録音でも制作面への関与がまだ少なく、プロデュースについて多くを知っていたわけではないと振り返った。一方、作品が過度に作り込まれていないことを長所として挙げた[25]。
キルケニー・キャッツ
[編集]アセンズのバンド、キルケニー・キャッツの『Hands Down』では、単独でプロデュースを担当した。同作は1986年末にコヨーテ・レコードから発売され、ミルズにとって初めての単独プロデュース作品となった[26]。
その他
[編集]1987年初めには、アセンズのバンド、ビリー・ジェイムズとジョン・キーンのスタジオで6曲入りのミニ・アルバムを録音した。作品は『Sixes and Sevens』として、1988年半ばにアトランタのトワイライト・レコードから発売された[27]。
客演と共同制作
[編集]他の音楽家の録音への参加
[編集]1985年には、バックとフレッシュトーンズのキース・ストレングによるフル・タイム・メンの録音に参加した。EP『Fast Is My Name』に収められた「ワン・モア・タイム」でオルガンを演奏した[28]。
トロッグスの『Athens Andover』(1992年)では、バック、ベリー、ピーター・ホルサップルとともに制作に参加した。4人は「Nowhere Road」を共作し、R.E.M.が以前から演奏していたトロッグスの音楽を、本人たちとの共同録音へ発展させた[29][30]。
ビッグ・スターの作品を演奏する活動
[編集]ビッグ・スターの音楽を演奏する公演では、オリジナル・ドラマーのジョディ・スティーヴンス、クリス・ステイミーらと活動している。『Third/Sister Lovers』を中心に演奏する「ビッグ・スターズ・サード」では、ベースと歌唱を担当する音楽家の一人として参加した[17][31]。
2024年には『Radio City』発売50周年の公演に参加した。スティーヴンス、ジョン・オウア、パット・サンソン、ステイミーとの5人編成で、同作を中心とするビッグ・スターの曲を演奏した[31]。
音楽祭と支援公演
[編集]バックがメキシコのトドス・サントスで主催した音楽祭にも参加した。出演者同士が互いの演奏に加わる公演で、ミルズもほかの音楽家と共演した。音楽祭は、地元の子供たちの教育を支援するパラパ・ソサエティのための資金を集めた[32]。
マッコーイが2017年11月に脳卒中を起こした後には、回復を支援する2018年1月の公演に出演した。ベリー、アレハンドロ・エスコヴェード、ザ・ディセンバリスツ、コリン・タッカーらも参加した[22]。
ロバート・マクダフィーとの活動
[編集]ヴァイオリン、ロック・バンドと弦楽オーケストラのための協奏曲
[編集]幼少期からの友人であるヴァイオリニスト、ロバート・マクダフィーのために、『ヴァイオリン、ロック・バンドと弦楽オーケストラのための協奏曲』を作曲した。2人の家族はメイコンの教会を通じて親しく、マクダフィーの母は音楽監督、ミルズの両親は合唱団の一員だった[33][34]。
作品は独奏ヴァイオリン、4人のロック・バンド、弦楽オーケストラを組み合わせる編成で、デイヴィッド・マラマッドがオーケストレーションと追加の音楽を担当した。ミルズ自身はロック・バンドを率い、ベースと鍵盤楽器を演奏した[34]。
2016年6月、マクダフィー、ミルズ、トロント交響楽団によって世界初演された。同年10月14日には、マーサー大学のマクダフィー・センター・フォー・ストリングスの学生によるアンサンブルと録音したアルバムが、オレンジ・マウンテン・ミュージックから発売された[34]。
ミルズにとって初めてのクラシック作品であり、R.E.M.解散後の活動を、ロック・バンドでの演奏から協奏曲の作曲と公演へ広げる機会となった[22][34]。
ア・ナイト・オブ・ジョージア・ミュージック
[編集]マクダフィー、チャック・リーヴェルとの「ア・ナイト・オブ・ジョージア・ミュージック」では、ジョージア州にゆかりのある音楽を演奏した。レイ・チャールズ、オーティス・レディング、オールマン・ブラザーズ・バンド、B-52's、アウトキャスト、R.E.M.などの曲を取り上げ、ミルズの協奏曲の一部も組み込んだ[2][35]。
2022年3月には、メイコンのグランド・オペラ・ハウスとカプリコーン・サウンド・スタジオでテレビ放送用に収録された。ミルズはベース、ギター、ピアノを担当し、マクダフィー、リーヴェル、弦楽奏者たちと共演した[35]。
R.E.M.エクスプロアード
[編集]「R.E.M.エクスプロアード」では、R.E.M.の楽曲をクラシックの編曲で演奏する企画に参加した[2]。2022年には、アトランタ交響楽団による公演と、マクダフィーとの協奏曲の演奏が行われた[36]。
R.E.M.メンバーとの再共演
[編集]2024年6月13日、ミルズ、ベリー、バック、スタイプの4人がソングライターの殿堂入りを果たした。ニューヨークで開かれた式典では、4人で「ルージング・マイ・レリジョン」を演奏した[37]。
主な作品
[編集]R.E.M.の作品については、R.E.M.の作品を参照。
自作の協奏曲
[編集]- 『Concerto for Violin, Rock Band and String Orchestra』(2016年) - ロバート・マクダフィーらとの共演[34]
ヒンドゥー・ラヴ・ゴッズ
[編集]- 『Hindu Love Gods』(1990年)[20]
ベースボール・プロジェクト
[編集]- 『3rd』(2014年)
- 『Grand Salami Time!』(2023年)[24]
主なプロデュース作品
[編集]| 発売年 | アーティスト | 作品 | 担当 |
|---|---|---|---|
| 1986年 | キルケニー・キャッツ | 『Hands Down』 | プロデュース[26] |
| 1987年 | ワクシング・ポエティクス | 『Hermitage』 | ミッチ・イースターとの共同プロデュース[25] |
脚注
[編集]出典
[編集]- ↑ Fletcher, PDF pp. 30–31, 56, 168, 189–193.
- 1 2 3 4 Carlin, PDF pp. 355–356.
- 1 2 Fletcher, PDF pp. 30–31.
- ↑ Fletcher, PDF p. 31.
- ↑ Fletcher, PDF pp. 32–33.
- ↑ Fletcher, PDF p. 30.
- 1 2 “History” (英語). R.E.M.HQ. 2026年10月5日閲覧。
- 1 2 3 Fletcher, PDF p. 56.
- ↑ Fletcher, PDF p. 107.
- ↑ Fletcher, PDF pp. 139–140.
- ↑ Fletcher, PDF p. 168.
- ↑ Fletcher, PDF pp. 189, 192–193.
- ↑ Fletcher, PDF p. 230.
- ↑ Carlin, PDF p. 257.
- ↑ Fletcher, PDF pp. 31, 168, 189.
- ↑ Fletcher, PDF pp. 139–140, 192–193.
- 1 2 Carlin, PDF p. 356.
- ↑ Fletcher, PDF pp. 111–112.
- ↑ Fletcher, PDF p. 112.
- 1 2 Fletcher, PDF p. 185.
- ↑ Gray, PDF p. 229.
- 1 2 3 Carlin, PDF p. 355.
- ↑ “The Baseball Project’s 3rd Album to Be Released March 25” (英語). Yep Roc Records. 2026年10月5日閲覧。
- 1 2 3 “The Baseball Project — Grand Salami Time!” (英語). Omnivore Recordings. 2026年10月5日閲覧。
- 1 2 3 Gray, PDF p. 380.
- 1 2 Gray, PDF p. 381.
- ↑ Gray, PDF p. 384.
- ↑ Gray, PDF p. 227.
- ↑ Fletcher, PDF p. 215.
- ↑ Gray, PDF pp. 375, 397.
- 1 2 “Big Star’s Radio City (& More) International Tour Celebrates 50 Years of the Influential Band’s Beloved Sophomore Album” (英語). Concord. 2026年10月5日閲覧。
- ↑ Carlin, PDF pp. 354–355.
- ↑ Carlin, PDF p. 147.
- 1 2 3 4 5 “Mills/McDuffie Concerto for Violin, Rock Band & String Orchestra Out on Orange Mountain Music October 14” (英語). R.E.M.HQ (2016年8月11日). 2026年10月5日閲覧。
- 1 2 “A Night of Georgia Music” (英語). A Night of Georgia Music. 2026年10月5日閲覧。
- ↑ ““R.E.M. Explored” Coming to Atlanta This Weekend” (英語). R.E.M.HQ (2022年9月27日). 2026年10月5日閲覧。
- ↑ “2024 Induction and Awards Gala” (英語). Songwriters Hall of Fame (2024年6月13日). 2026年10月5日閲覧。
参考文献
[編集]- Fletcher, Tony (2018) (英語). Perfect Circle: The Story of R.E.M.. Omnibus Press. ISBN 9781785589676
- Carlin, Peter Ames (2024) (英語). The Name of This Band Is R.E.M.: A Biography. Doubleday. ISBN 9780385546942
- Gray, Marcus (1997) (英語). It Crawled from the South: An R.E.M. Companion. Da Capo Press. ISBN 0-306-80751-3
外部リンク
[編集]- ベースボール・プロジェクト公式サイト
- Mike Mills - A Night of Georgia Music
- Mike Mills - Discogs
- Mike Mills - IMDb
- Mike Mills (@m_millsey) - X(旧Twitter)