マイク・ダグラス

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マイク・ダグラス
Mike Douglas
マイク・ダグラスMike Douglas
1966年
本名 Michael Delaney Dowd, Jr.
生年月日 1920年8月11日
没年月日 2006年8月11日(満86歳没)
出生地 イリノイ州シカゴ
死没地 フロリダ州パームガーデンビーチ
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
配偶者 Genevieve Purnell
公式サイト 公式サイト
主な作品
シンデレラ
マイク・ダグラス ショー
受賞
エミー賞(1967年)


マイク・ダグラスMike Douglas、本名マイケル・デラニー・ダウド・ジュニアMichael Delaney Dowd, Jr.)、1920年8月11日 - 2006年8月11日)は、アメリカ合衆国の男性歌手・司会者。イリノイ州シカゴ出身。

アメリカで記録的な人気を誇ったトーク番組『マイク・ダグラス ショー』の司会を21年間務め、俳優女優歌手スポーツ選手など、数多くのスターを輩出。番組の功績により、1967年、エミー賞を受賞。

デビュー[編集]

イリノイ州シカゴ生まれ。聖歌隊の一員としてキャリアをスタート。

第二次世界大戦に海軍兵として従軍したのち、シカゴのテレビ局WMAQ-TVの専属歌手となる。その後ロサンゼルスに移り、ジニー・シムズのラジオ番組に出演。

転機となったのは、ケイ・カイザー率いるビッグバンドへ歌手として加入したことである。ここで「Ole Buttermilk Sky」や「The Old Lamplighter」といったヒット曲を歌い、知名度を高める。その後1951年にカイザーが引退するまでバンドとして活動した。

1951年、ディズニーのアニメーション映画『シンデレラ』に、プリンス・チャーミングの歌唱役として出演。シンデレラ役のアイリーン・ウッズとともに「So This is Love」を歌った。ただしシカゴ出身であることから訛りを理由に、ウォルト・ディズニーより台詞の担当からは外され、ウィリアム・ピップスが担当した。[1]

その後バーバンクへ移住した頃、ロックンロールドゥーワップの台頭により一時的にキャリアが低迷し、ナイトクラブに歌手として出演。幸いロサンゼルスの自宅が高値で売れたこともあり、生計を維持する。

マイク・ダグラス ショー[編集]

1961年、クリーヴランドのテレビ局KYWにて、自身の番組『マイク・ダグラス ショー』が放送開始され、司会者として出演。

番組は非常に高い人気を誇り、バーブラ・ストライサンドアレサ・フランクリンといった歌手を輩出。1977年には当時2歳のタイガー・ウッズが、自身初のテレビ出演を飾っている。スポンサー収益は1,050万ドルにものぼり、司会者として50万ドル以上のギャラを得た。

1967年、番組での功績によりエミー賞を獲得。

放送局や放送拠点を替えつつ、1982年に放送終了するまで21年間、全4017回の放送に出演した。

晩年[編集]

1990年、前立腺癌が見つかったが、手術により克服した。

86歳の誕生日であった2006年8月11日、フロリダ州パームビーチガーデンズの病院で死去。

出演作品[編集]

  • シンデレラ Cinderella (1950年、プリンス・チャーミングの歌声)
  • マイク・ダグラス ショー The Mike Douglas Show(1961年-1982年)
  • ゲイター Gator(1976)
  • 縮みゆく女 The Incredible Shrinking Woman (1981)
  • 美しき殺し屋(スナイパー)Bird of prey (1985)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「シンデレラ スペシャル・エディション」収録のインタビュー映像より。

外部リンク[編集]