ポールドペ

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ポールドペ
Port-de-Paix
座標 : 北緯19度57分0秒 西経72度50分0秒 / 北緯19.95000度 西経72.83333度 / 19.95000; -72.83333
行政
ハイチの旗 ハイチ
  北西県
 郡 ポードペー郡
ポールドペ
人口
人口 (2015現在)
  市域 462,000人
  備考 Institut Haïtien de Statistique et d'Informatique (IHSI)

ポールドペ(フランス語:Port-de-Paix/平和の港)(ハイチ語Pòdpè)はハイチ北西県の県都。 大西洋に面しトルチュ島の対岸にある。 2015年の人口は46万2000人。

歴史[編集]

先住民のタイノ人は「Xarama」と呼んでいた。

1492年12月6日夜、クリストファー・コロンブスが上陸し、「バルパライソ」(Valparaíso)と名付けた。

1665年、イギリス勢によりトルチュ島を逐われたフランス系フィリバスターが現在よりもモールサンニコラ寄りに町を建設したとされる。

1676年フランスサン=ドマングの首都がトルチュ島から移された。 同年、奴隷のパドル・ジャンが逃亡した。

1679年にはパドル・ジャンらによる最初の黒人奴隷の蜂起が起きた[1]

1711年、首都がカパイシャンに移された。

バナナとコーヒーの輸出港として栄え、タークス・カイコス諸島からは魚の干物が輸入された。

ハイチ革命のフランソワ・カポワの生地でもある。 ルヴェルチュール軍の第9旅団のジャック・モルパ将軍がブルネット将軍に捕えられ、家族や部下と共にナポレオン軍のロシャンボー将軍に拷問され海に投げ込まれると、カポワが第9旅団を引継ぎ、1803年4月にポールドペを奪還し、ヴェルティエルの戦いでロシャンボーを撃ち破った。

1902年の火事で町全体が焼け、船の他残らなかった[2]。 米、カカオ、タバコも栽培され、近年ではマイアミからの日用品の輸入港となっている。

2018年10月6日、M5.9の地震が発生し、少なくとも12人が死亡した。

メディア[編集]

  • Le Novateur

ラジオ[編集]

  • Radio 4VTS FM
  • Radio Balade FM www.radiobalade.com
  • Radio Cascade FM a Chamsolme
  • Radio Étincelle
  • Radio Melodie FM
  • Radio New Star
  • Radio Planète FM
  • Radio Sonic
  • Radio Télévision du Nord-Ouest
  • Radio Universelle
  • Voix de la Paix

交通[編集]

脚註[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯19度57分 西経72度50分 / 北緯19.950度 西経72.833度 / 19.950; -72.833