ベーケーシュ県
ベーケーシュ県 Békés vármegye | |||
|---|---|---|---|
| |||
|
| |||
| 国 |
| ||
| 地域 | 南部大平原 | ||
| 県都 | ベーケーシュチャバ | ||
| 区 | 9区 | ||
| 政府 | |||
| • 総会議長 | ザライ・ミハーイ (Fidesz-KDNP) | ||
| 面積 | |||
| • 合計 | 5,629.71 km2 | ||
| 面積順位 | 7位 | ||
| 人口 (2018年) | |||
| • 合計 | 338,025[1]人 | ||
| • 順位 | 11位 | ||
| 郵便番号 |
55xx – 59xx | ||
| 市外局番 | (+36) 66, 68 | ||
| ISO 3166コード | HU-BE | ||
| ウェブサイト |
www | ||
ベーケーシュ県 (ハンガリー語: Békés vármegye, 発音 [ˈbeːkeːʃ], ルーマニア語: Județul Bichiș))は、ハンガリーの県。県都はベーケーシュチャバ。人口は39万2千人。
概要
[編集]ハンガリーの南東端に位置する県。大平原が広がり農耕に適している。また、天然ガスも産出する。住民の多くはマジャル人だが、スロヴァキア人、ロマ、ルーマニア人などの少数民族も居住する。
地理
[編集]ベーケーシュ県の総面積は 5,630 km2 であり、ハンガリー全土の 6.05% を占めている。
県全体がパノニア平原(大平原)に位置しており、肥沃な土壌を持つ平坦な土地が広がっている。年間平均降水量は 645 mm である。ハンガリー国内の天然ガス資源の5分の1がこの県に埋蔵されている。また、県内にキレシュ川が流れている。
歴史
[編集]
この地域には紀元前5000年から4000年頃から人が居住していた。マジャル人(ハンガリー人)の到来以前にも、いくつかの部族がこの地に定住していた。
ジュラ城は15世紀初頭に建設された。当時のジュラはこの県で最も重要な都市であり、マーチャーシュ1世の治世下で県都となった。オスマン・ハプスブルク戦争において重要な要塞であったが、1566年に陥落した。この時期、周辺の多くの町が破壊された。
18世紀初頭、オスマン帝国が撤退した後に県への再入植が行われた。ハンガリー人だけでなく、スロバキア人(ベーケーシュチャバ、エンドレード、サルヴァシュ、トートコムローシュ)、セルビア人(バトニャ)、ドイツ人(ネーメトジュラ、エレク)、ルーマニア人(ケーテジハーザ)などが移住した。これら非マジャル系住民の多くは、19世紀半ばまでに同化した。
県の農業的な重要性に加え、1858年に全通したペシュトとベーケーシュチャバを結ぶ新鉄道が発展をもたらした。さらに第一次世界大戦後、トリアノン条約によってハンガリーが南部の領土をルーマニアに割譲した際、ベーケーシュチャバが失われた都市の役割を引き継ぐこととなり、開発はさらに加速した。
1950年に人口はピーク(47万2000人)に達し、同年、ベーケーシュチャバが正式に県都となった。その後、ハンガリーの他地域と同様に工業化が進み、各都市の人口が増加していった。
主な市町村
[編集]
- 市
- ベーケーシュチャバ (62,050)
- 町
- ジュラ (31,067)
- オロシュハーザ (29,081)
- ベーケーシュ (20,088)
- サルヴァシュ (16,956)
- ジョマエンドレード (13,680)
- メゼーベレーニ (10,632)
- シャルカド (10,020)
- セグハロム (9,290)
- デーヴァヴァーニャ (7,899)
- ヴェーステー (6,986)
- メゼーコヴァーチハーザ (6,177)
- バットニャ (6,042)
- トートコムローシュ (6,016)
- フュゼシュジャルマト (5,734)
- メゼーヘジェシュ (5,712)
- コンドロシュ (5,228)
- ウーイキージョーシュ (5,196)
- チョルヴァーシュ (5,060)
- エレク (4,927)
- ケレシュラダーニ (4,674)
- Medgyesegyháza (3,698)