ヘルマン・ヘンセルマン

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ヘルマン・ヘンセルマン(1949年)

ヘルマン・ヘンセルマン(Hermann Henselmann、1905年2月3日 - 1995年1月19日)は、ドイツ建築家都市計画家。戦後は旧東ドイツで活動した。

略歴[編集]

  • 1905年、Roßla生まれ。
  • 1919年から、ベルリンで建築を学ぶ
  • 1939年から、東部戦線で破壊された街の再建に携わる。工場建築を多く手がける。
  • 1945年、共産党に参加する。ワイマール建築学校の校長に就任及び学校再編、ソビエト占領区再編
  • 1950年、ヴィヴァーヴィーゼ高層集合住宅設計競技で一等
  • 1951年から、スターリンアレー(カール・マルクス・アレー)建設チームのチーフ
  • 1953年から、ベルリン中心地区整備計画の責任者
  • 1960年、旧東ドイツ全土に関する都市計画総監就任。中心街区最構造化
  • 1970年から、後身の育成にあたる

代表作[編集]