フン・クアン・タイン

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フン・クアン・タイン
Phùng Quang Thanh
Mr. Phung Quang Thanh.jpg
生年月日 (1949-02-02) 1949年2月2日
出生地 ベトナム民主共和国ヴィンフック省メリン県
没年月日 (2021-09-11) 2021年9月11日(72歳没)
死没地 ベトナムハノイバディン区
出身校 K.E.ヴォロシーロフ名称参謀本部軍事アカデミー
軍事政治学院
所属政党 ベトナム労働党
ベトナム共産党
称号 大将
人民武装力量英雄
サイン Phung Quang Thanh signature.jpg

ベトナムの旗 国防大臣
内閣 グエン・タン・ズン内閣
在任期間 2006年6月27日 - 2016年4月9日
国家主席 グエン・ミン・チェット
チュオン・タン・サン

在任期間 2006年4月 -

在任期間 2001年5月 - 2006年
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フン・クアン・タインベトナム語: Phùng Quang Thanh, 漢字: 馮光清, 1949年2月2日 - 2021年9月11日[1])は、ベトナム軍人政治家。階級は大将人民武装力量英雄ベトナム語版。国防大臣、ベトナム共産党政治局員、党中央軍事委員会副書記を務めた。

経歴[編集]

タインは1949年、ヴィンフック省メリン県タックダー社に生まれた。1967年、ベトナム人民軍に入隊。1968年、ベトナム労働党(後のベトナム共産党)に参加した。

1971年6月、チャン・クオック・トアン大学ベトナム語版(士官学校)に入学。1972年、戦場に戻り、第1軍団英語版第320師団第9大隊長を務める。1974年8月、陸軍学院(現在のダラット陸軍学院ベトナム語版)に入学。

1988年、第312師団副師団長に任命。1989年、ソ連に留学し、K.E.ヴォロシーロフ名称参謀本部軍事アカデミーに学んだ。翌1990年に帰国し、高級軍事学院(現在のベトナム国防学院ベトナム語版)に入学。

1991年2月、第1軍団参謀長。同年9月、第312師団長に任命された。

1993年9月、総参謀部作戦局副局長に任命。1994年、少将に任命。1995年、作戦局長に昇進した。

1997年8月、軍事政治学院ベトナム語版 に入学し、同年12月に第1軍管区英語版司令に任命された。1999年、中将に任命。

2001年4月のベトナム共産党第9回党大会において党中央委員に選出[2]。同年5月、人民軍総参謀長兼国防次官に任命。2003年、上将に任命。

2006年4月の第10回党大会において党政治局員に選出されるとともに、党中央軍事委員会副書記に任命され、党内序列第7位となる[3]。同年6月、グエン・タン・ズン内閣の国防大臣に任命された。2007年、大将に任命。

2011年1月の第11回党大会において党政治局員に再選出され、序列第3位に昇格した[4][5]

2011年10月24日、来日し、防衛省で「日越防衛協力・交流に関する覚書」を交わし、海上安保における日越間の協力関係を確認した[6]

2013年6月1日シンガポールで日本の 小野寺五典防衛大臣と会談[7][8]。「東シナ海と南シナ海で実効支配を強める中国を念頭に、力による現状変更は認められない」との認識で一致[7][8]

2016年1月の第12回党大会においては党中央委員に選出されず、政治局から退任した[9]。同年4月、フック内閣の発足に際して、国防相を退任した[10]

顕彰[編集]

  • 1971年9月20日、戦功により「人民武装力量英雄」称号を授与。
  • 一等「解放勝利勲章」 (Huân chương Chiến công Giải phóng hạng nhất) 3個
  • 勇士称号 (Danh hiệu Dũng sĩ) 3つ

脚注[編集]

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外部リンク[編集]

先代
ファム・ヴァン・チャ
ベトナム社会主義共和国
国防大臣
2006年 - 2016年
次代
ゴ・スアン・リック
先代
レ・ヴァン・ズン
ベトナム人民軍総参謀長
2001年 - 2006年
次代
グエン・カック・ギエン