フレデリック・グリンケ

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フレデリック・オットー・グリンケ(Frederick Otto Grinke, 1911年8月8日 - 1987年3月16日)は、カナダ出身のヴァイオリン奏者[1][2][3]

ウィニペグの生まれ。9歳のころからジョン・ウォーターハウスにヴァイオリンを師事。16歳の時にカナダ政府の奨学金を得てイギリスにわたり、ローズビー・ウックの下でヴァイオリンを学び、スイスでのアドルフ・ブッシュの夏期講習にも参加した。1930年から1936年までクッチャー弦楽四重奏団の第二ヴァイオリン奏者を務め、1937年からボイド・ニール管弦楽団に加わっている。第二次世界大戦中はイギリス陸軍に所属し、戦後にソリストとして演奏活動を再開した。1939年から1978年までロンドン王立音楽院でも教鞭をとった。1979年にCBEを叙勲。

イプスウィッチにて死去[4]

脚注[編集]

  1. ^ フレデリック・グリンケ (Frederick Grinke) - NML ナクソス・ミュージック・ライブラリー
  2. ^ Memorable Manitobans: Frederick Otto Grinke (1911-1987)”. 2017年5月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月14日閲覧。
  3. ^ Frederick Grinke - Discogs
  4. ^ Kennedy, Michael; Bourne, Joyce (2004). The Concise Oxford Dictionary of Music. Oxford University Press. pp. 304-305. ISBN 9780198608844