フリスト・ヨヴォフ

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フリスト・ヨヴォフ
名前
本名 フリスト・ゲオルギエフ・ヨヴォフ
愛称 宝石屋
ラテン文字 Hristo Yovov
ブルガリア語 Христо Йовов
基本情報
国籍  ブルガリア
生年月日 (1977-11-04) 1977年11月4日(46歳)
出身地 スヴォゲ
身長 182cm
体重 77kg
選手情報
ポジション MF(CMF)
ユース
1992-1995 ブルガリアの旗 レフスキ・ソフィア
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1995-1997 ブルガリアの旗 レフスキ・ソフィア 56 (19)
1998-1999 ドイツの旗 1860ミュンヘン 9 (1)
1999 ブルガリアの旗 ロコモティフ・ソフィア(loan) 12 (6)
2000-2004 ブルガリアの旗 リテックス・ロヴェチ 97 (43)
2004-2007 ブルガリアの旗 レフスキ・ソフィア 63 (22)
2008 キプロスの旗 アリス・リマソール 14 (1)
2008 キプロスの旗 アポロン・リマソール 7 (2)
2009-2013 ブルガリアの旗 レフスキ・ソフィア 96 (32)
代表歴2
1998-2007  ブルガリア 29 (5)
監督歴
2012-2013 ブルガリアの旗 レフスキ・ソフィア(アシスタント)
2013 ブルガリアの旗 レフスキ・ソフィア(ディレクター)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年6月8日現在。
2. 2013年4月12日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

フリスト・ゲオルギエフ・ヨヴォフブルガリア語: Христо Георгиев Йовов1977年11月4日 - )は、ブルガリアの元サッカー選手、現サッカー指導者。元ブルガリア代表。ポジションはMF

クラブ歴[編集]

早年[編集]

1994-95シーズン、18歳を迎える前にして、PFCレフスキ・ソフィアでトップチームデビューを果たした。その試合は1995年8月22日に行われたUEFAカップ1995-96FCディナモ・ブカレスト戦であった。その後、56試合に出場し19得点。

1998年1月にTSV1860ミュンヘンに移籍した、同月31日のハンザ・ロストック戦で59分にホルスト・ヘルトに代わって出場しブンデスリーガ初出場となるが[1]、その後はベンチ生活が続きリーグ戦出場は9試合に止まった。ブンデスリーガであげた唯一の得点は同年10月3日の1.FCニュルンベルク戦でアウェーながらこの試合は5-1で大勝している[2]

1999年1月にレンタル移籍でPFCロコモティフ・ソフィアに加入するとチームの中心選手となった。2月26日のリテックス・ロヴェチ戦で初出場をすると、3月6日のFCミヌオル・ペルニク戦で初得点を飾った。

リテックス・ロヴェチ[編集]

2000年1月、リテックス・ロヴェチに移籍。3月4日のPFCドブルジャ・ドブリチ戦で初出場、1週間後のFCピリン・ブラゴエヴグラト戦で初得点。1999-00シーズンは12試合9得点で終えた。

2000-01シーズンはゾラン・ヤンコヴィッチとのコンビネーションで全試合合わせて20得点の結果を残した。うちブルガリア・カップでも3得点し、同杯優勝に貢献した。

2002年8月15日のUEFAカップ 2002-03FKアトランタス戦で2得点し同杯初得点を飾った[3]

レフスキ・ソフィア[編集]

2005年12月2日のオリンピック・マルセイユ戦では鮮烈な決勝点を決め、サポーターやジャーナリストから「宝石屋」と呼ばれるようになった[4]。同年のUEFAカップ 2005-06では準決勝まで進出し、翌年のUEFAチャンピオンズリーグ 2006-07でもグループステージに進出、ブルガリアのクラブとしては初めての事だった。

アリス・リマソール[編集]

2008年1月4日、アリス・リマソールFCに10万ユーロ程度の移籍金で移籍[5]。監督の構想外になっての移籍であった。キプロス・ファーストディビジョンでの初出場は12日のエスニコス・アフナFC戦で、17分にラウレンチュ・ディニチャと交代し初出場[6]。14試合に出場し、エノシス・ネオン・パラリムニFC戦で唯一の得点をあげた[7]。しかしクラブは2部に降格したため、相互の合意の上で契約解除した。

アポロン・リマソール[編集]

2008年6月3日、アポロン・リマソールに2年契約で移籍[8]。11月23日のアノルトシス・ファマグスタFC戦で初得点[9]

レフスキ・ソフィアに復帰[編集]

2009年2月2日にレフスキ・ソフィアに復帰。背番号は10番となり、3月4日のOFCヴィフレン・サンダンスキ戦で初出場。PFCロコモティフ・プロヴディフ戦では開始18秒で得点を決め、ブルガリアプロサッカーリーグ最速記録となった。同シーズン、レフスキ・ソフィアはリーグを制覇した。

2009-10シーズンはUEFAチャンピオンズリーグ 2009-10UEサン・ジュリア戦で初得点。12月18日に行われたUEFAヨーロッパリーグ 2009-10SSラツィオ戦では決勝点を決めた。また、リーグを3位で終えた事により、UEFAヨーロッパリーグ 2010-11の予選出場権を獲得、このシーズンの彼は13得点をあげ、チーム内の得点王となった。

2010-11シーズンはヨーロッパリーグのダンドークFC戦で始まった。彼の11分の得点を皮切りに6得点し快勝した。

2011-12シーズンにも引き続き不動のスターティングメンバーで、23試合8得点の結果を残したが、3月15日のブルガリア・カップ、ロコモティフ・プロヴディフ戦、4月2日のPFCルドゴラツ・ラズグラト戦では退場となった[10]

2012年7月19日に行われたFKサラエヴォ戦に出場した事によってエリン・トプザコフが持っていたUEFA主催試合ブルガリア人最多出場記録を塗り替えた[11]。最終的にはレフスキ・ソフィアで50試合、リテックス・ロヴェチで16試合に出場したため、UEFA主催試合出場記録は66試合となった[12]。2013年5月6日にプロリーグ300試合出場を達成[13]

代表歴[編集]

1998年から2007年にかけて29試合に出場した。

政治[編集]

2011年、故郷スヴォゲの市長選に出馬し、3位となった[14]

個人成績[編集]

2013年5月26日現在[15][16]
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点 出場得点
ブルガリア リーグ戦 オープン杯 期間通算
1994-95 レフスキ・ソフィア A PFG 0 0 1 0 1 0
1995-96 24 10 6 1 30 11
1996-97 21 6 7 3 28 9
1997-98 11 3 3 1 14 4
ドイツ リーグ戦 DFBポカール 期間通算
1997-98 1860ミュンヘン ブンデス 5 0 0 0 5 0
1998-99 4 1 0 0 4 1
ブルガリア リーグ戦 オープン杯 期間通算
1998-99 ロコモティフ・ソフィア A PFG 12 6 3 0 15 6
1999-00 リテックス・ロヴェチ 12 9
2000-01 20 19
2001-02 31 12
2002-03 21 7
2003-04 4 1
2004-05 9 2
レフスキ・ソフィア 9 4 2 0 11 4
2005-06 11 19 4 2 0 21 4
2006-07 10 24 13 6 1 30 14
2007-08 11 1 2 0 13 1
キプロス リーグ戦 オープン杯 期間通算
2007-08 アリス・リマソール ファースト 14 1
2008-09 アポロン・リマソール 11 7 2
ブルガリア リーグ戦 オープン杯 期間通算
2008-09 レフスキ・ソフィア 10 A PFG 11 4 2 0 13 4
2009-10 24 11 0 0 24 11
2010-11 16 7 0 0 16 7
2011-12 25 8 3 0 28 8
2012-13 15 2 2 1 17 2
通算 ブルガリア A PFG 319 121
ドイツ ブンデス 9 1 0 0 9 1
キプロス ファースト 21 3
総通算 349 16

タイトル[編集]

レフスキ・ソフィア

参考文献[編集]

  1. ^ Hansa Rostock 3-0 1860 München”. footballzz.com (1998年1月31日). 2013年3月10日閲覧。
  2. ^ 1. FC Nuremberg 1-5 1860 München”. footballzz.com (1998年10月3日). 2013年3月10日閲覧。
  3. ^ Five-star Litex sink Atlantas”. uefa.com (2002年8月15日). 2013年3月10日閲覧。
  4. ^ Yovov sends Levski through”. uefa.com (2005年12月2日). 2013年3月10日閲覧。
  5. ^ Yovov Signs with Aris Limassol”. pfclevski.eu (2008年1月4日). 2013年3月10日閲覧。
  6. ^ Йовов дебютира за Арис със загуба” (Bulgarian). gong.bg (2008年1月12日). 2013年3月10日閲覧。
  7. ^ Христо Йовов с първи гол за Арис” (Bulgarian). gong.bg (2008年3月1日). 2013年3月10日閲覧。
  8. ^ Hristo Yovov Prefers Cyprus to FC Levski”. standartnews.com (2008年6月2日). 2013年3月10日閲覧。
  9. ^ Христо Йовов се разписа за Аполон при загуба от Анортозис” (Bulgarian). btv.bg (2008年11月23日). 2012年4月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年4月6日閲覧。
  10. ^ Hristo Yovov match log”. soccerway.com. 2012年5月15日閲覧。
  11. ^ Йовов стана играчът с най-много участия за български отбори в евротурнирите” (Bulgarian). stigabe.com. 2013年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年10月30日閲覧。
  12. ^ Йовов счупи нов рекорд” (Bulgarian). football24.bg (2012年7月20日). 2012年10月30日閲覧。
  13. ^ Левски" продължава да мечтае след уникална драма с "Миньор", вездесъщ холандец носи нов успех на "сините"” (Bulgarian). topsport.bg (2013年5月6日). 2013年5月6日閲覧。
  14. ^ ЦИК - Резултати за община Своге
  15. ^ Hristo Yovov Career Stats” (Bulgarian). levskisofia.info. 2013年3月10日閲覧。
  16. ^ Hristo Yovov UEFA Career Statistics”. uefa.com. 2013年3月10日閲覧。

外部リンク[編集]