フィリップ・ユルプル

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フィリップ・ユルプル
Philippe Hurepel
クレルモン伯
Philippe Hurepel.jpg
出生 1201年
死去 1234年7月19日
配偶者 ブローニュ女伯マティルド・ド・ダンマルタン
子女 アルベリク
ジャンヌ
父親 フランスフィリップ2世
母親 アニェス・ド・メラニー
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クレルモン伯フィリップの紋章

フィリップ・ユルプル(Philippe Hurepel, 1201年 - 1234年7月19日)は、フランスフィリップ2世と3番目の妃アニェス・ド・メラニーの息子。ルイ8世の異母弟。フィリップ2世とアニェスの結婚は無効とされたため、息子フィリップも庶子とされた。

生涯[編集]

1218年クレルモン伯に叙せられた。1223年ブローニュ、モルタン、オマール、ダンマルタンの女伯であったマティルド・ド・ダンマルタン(マティルド・ド・ブローニュ)と結婚し、妻の共同統治者としてこれらの伯位を得た。2人の間には1男1女が生まれた。

1226年に異母兄ルイ8世が没すると、その未亡人で新王ルイ9世の摂政となったブランシュ・ド・カスティーユに対して反乱を起こしたが鎮圧された。

1234年、馬上槍試合ホラント伯フロリス4世一騎討ちを行った際に事故死した。

子女[編集]

マティルドとの間に以下の1男1女をもうけた。

マティルドは後のポルトガルアフォンソ3世と再婚した。

先代:
(王領)
クレルモン伯
1218年 - 1234年
次代:
アルベリク