エクセター侯爵

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エクセター侯爵セシル家の紋章のエスカッシャン部分

エクセター侯爵: Marquess of Exeter)は、イギリス侯爵位。

過去2回創設されており、現存する第2期のエクセター侯爵は第10代エクセター伯爵ヘンリー・セシル1801年連合王国貴族として叙されたのに始まる。セシル家エリザベス1世の宰相初代バーリー男爵ウィリアム・セシルを祖としており、エクセタ―侯爵セシル家はその嫡流である。ソールズベリー侯爵ガスコイン=セシル家は分流にあたる。

歴史[編集]

エドワード4世の孫の一人である第2代デヴォン伯爵英語版ヘンリー・コートネイ英語版(1496頃-1539)1525年6月18日に叙されたのが最初である。しかし彼は1536年ヘンリー8世への抵抗運動「恩寵の巡礼英語版[要リンク修正]」に協力したため、全ての名誉を剥奪され、1539年には処刑された[1]

テューダー朝最後の女王エリザベス1世の宰相ウィリアム・セシル(1521–1598)は、1571年2月25日に「カウンティ・オブ・ノーザンプトンにおけるバーリー男爵(Baron Burghley, in the County of Northampton)」に叙せられた[2]

初代バーリー卿の死後、その爵位は長男トマス・セシル(1542–1623)が継承した。トマスは庶民院議員を務めていたものの父から政治の才能を認められず、父の政治的立場を引き継いで宰相となったのは次男ロバート(1565–1612)だった[3]ステュアート朝になった後の1605年5月4日にセシル兄弟に同時に伯爵位を与えられた。それが「エクセター伯爵(Earl of Exeter)」(トマス)と「ソールズベリー伯爵(Earl of Salisbury)」(ロバート)だった[4][5]

その後、エクセター伯爵位はトマスの男系男子によって受け継がれ、200年後の1801年2月4日に至って10代エクセター伯爵ヘンリー・セシル(1754–1804)が「エクセター侯爵(Marquess of Exeter)」に叙せられた[6]

その来孫である6代エクセター侯爵デイヴィッド・ジョージ・ブラウンロー・セシル(1905–1981)は襲爵前に陸上競技選手として鳴らし、1928年アムステルダム五輪では金メダルを獲得した[7][8]

2015年現在の当主はその甥にあたる第8代エクセター侯爵ウィリアム・マイケル・アンソニー・セシル英語版(1935-)である[9]

本邸は1587年に初代バーリー卿によって築かれたリンカンシャースタンフォード英語版にあるバーリー・ハウス英語版である。1975年に7代エクセター侯が創設したバーリーハウス保存財団(Burghley House Preservation Trust)によって管理されている[7][10]

分流としてはハックニーのアマースト男爵家が存在する。アマースト男爵位はウィリアム・ティッセン=アマースト1892年に叙されたのに始まるが[11]、彼の娘で爵位を女系継承した第2代アマースト女男爵メアリー(1857–1919)が3代エクセター侯ウィリアム英語版(1825–1895)の三男ウィリアム卿英語版(1854-1943)と結婚した結果、セシル家によって継承される爵位となったものである[12]。同家の現在の当主は5代アマースト男爵ヒュー・セシル(1968-)である[13]


従属爵位[編集]

上記の経緯から現在の当主第8代エクセター侯爵ウィリアム・マイケル・アンソニー・セシル英語版は、以下の2つの従属爵位を有する[14]

  • 第17代エクセター伯爵(1605年創設イングランド貴族爵位)
  • 第18代バーリー男爵(1571年創設イングランド貴族爵位)

エクセター侯爵家の法定推定相続人はバーリー男爵(バーリー卿)を儀礼称号として称する。

一覧[編集]

エクセター侯 第1期 (1525年)[編集]

バーリー男爵 (1571年)[編集]

初代バーリー男爵ウィリアム・セシルの肖像画

エクセター伯 (1605年)[編集]

エクセター侯 第2期 (1801年)[編集]

1928年アムステルダム五輪400メートルハードル競技。左側のハードルを飛び越えてる人物がバーリー卿デイヴィッド・セシル(後の第6代エクセター侯)。

法定推定相続人は9代侯の息子バーリー卿(儀礼称号)アンソニー・ジョン・セシル(1970-)

系図[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ Lundy, Darryl. “Sir Henry Courtenay, 1st and last Marquess of Exeter” (英語). thepeerage.com. 2015年3月10日閲覧。
  2. ^ Lundy, Darryl. “William Cecil, 1st Baron of Burghley” (英語). thepeerage.com. 2015年3月10日閲覧。
  3. ^ ヒバート & 1998下巻, p. 205-206.
  4. ^  Jessopp, Augustus (1887). "Cecil, Thomas (1542-1622)". In Stephen, Leslie. Dictionary of National Biography. 9. London: Smith, Elder & Co. pp. 404–405. 
  5. ^  Jessopp, Augustus (1887). "Cecil, Robert". In Stephen, Leslie. Dictionary of National Biography. 9. London: Smith, Elder & Co. pp. 400–404. 
  6. ^ Lundy, Darryl. “Henry Cecil, 1st Marquess of Exeter” (英語). thepeerage.com. 2015年3月10日閲覧。
  7. ^ a b History & Timeline” (英語). Burghley. 2015年3月10日閲覧。
  8. ^ Lundy, Darryl. “David George Brownlow Cecil, 6th Marquess of Exeter” (英語). thepeerage.com. 2015年3月10日閲覧。
  9. ^ Lundy, Darryl. “William Michael Anthony Cecil, 8th Marquess of Exeter” (英語). thepeerage.com. 2015年3月13日閲覧。
  10. ^ The Family Now” (英語). Burghley. 2015年3月10日閲覧。
  11. ^ Lundy, Darryl. “William Amhurst Tyssen-Amherst, 1st Baron Amherst of Hackney” (英語). thepeerage.com. 2015年3月13日閲覧。
  12. ^ Lundy, Darryl. “Colonel Lord William Cecil” (英語). thepeerage.com. 2015年3月13日閲覧。
  13. ^ Lundy, Darryl. “Hugh William Amherst Cecil, 5th Baron Amherst of Hackney” (英語). thepeerage.com. 2015年3月13日閲覧。
  14. ^ Lundy, Darryl. “William Michael Anthony Cecil, 8th Marquess of Exeter” (英語). thepeerage.com. 2015年3月10日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]