ノート:八幡神

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八幡神=ヤハウェ説について[編集]

あくまで百科事典としての利便性を高める目的で「中立的な観点」に配慮して記述したつもりです。しかし、擬似科学に近い内容が(「トンデモ本に類する言説」と明記してあるものの)あたかも学問上確立された説のように読めてしまう場合、適宜修正して頂けますようお願いします。また、このような説が存在しているのは「事実」であるので、「雑情報」というやや偏見のある見出し(というのは私の主観かもしれませんが)よりも公平性を期して「仮説」としました。Wikipediaの編集は初めてなので、記述方法に多分に問題があるかもしれません。申し訳ないです。以上の署名の無いコメントは、219.165.177.209会話/whois)氏が[2005-07-30T17:00:16(UTC)]に投稿したものです。

三大八幡について[編集]

いわゆる「三大○○」といったものは、必ずしも歴史や格式に基づいて決められるではなく、一般にどう認識されているかがもっとも重要なポイントのはずです。そういった意味で、「歴史の浅さ、社格の低さ」のみを根拠に鶴岡八幡宮を排除するのは「非常識な編集」と言わざるをえません。

また、社格の低さに関しては、たぶん近代社格制度を根拠としていると思われます。確かに、神社の格式を判断する根拠として、近代社格制度は重視されるべきですが、歴史的経緯から見て、絶対視しうるものでもありません。あくまで「王政復古」という当時の政治目的に基づくものであり、武家政権時代の権威を低く抑えようという意図が働いていることは無視できません。

三大八幡のうち、宇佐神宮石清水八幡宮は確実に含まれるとして、問題になるのが筥崎宮と鶴岡八幡宮です。googleで検索すれば、どちらの説もヒットします。しかし、「宇佐・石清水・筥崎」説を挙げているサイトの大半が筥崎宮関係の記事であるのに対し、「宇佐・石清水・鶴岡」説は鶴岡八幡宮関係に限らず、石清水八幡宮関係の記事でもこちらを取るところが多いようです。これは「三大八幡・筥崎宮」「三大八幡・鶴岡八幡宮」で検索すると、顕著に表れます。

こういった状況を見れば、三大八幡に鶴岡八幡宮を含める説は決して「稀」ではありません。むしろ鶴岡八幡宮を含めるほうが一般的と言えるでしょう。

筥崎宮が三大八幡に含められるのは、第一に御祭神・応神天皇誕生の経緯との関わり(筥崎の名は、応神天皇の胞衣を筥に収め、この地に埋めたことに因むとされる)、第二に敵国降伏・西海防護の神として朝廷の篤い崇敬を受けたことにより、他の八幡宮に卓越した歴史を持っていることによります。

これに対し、鶴岡八幡宮は鎌倉幕府以来江戸幕府に至るまで、武家の絶大な崇敬を受け、全国各地に分社が祀られました。全国の八幡宮・八幡神社は2万5千を超えるといいますが、その大半は宇佐・石清水・鶴岡のいずれかの分霊を勧請したものと称します。

歴史の古さ・朝廷との関わりにおいては筥崎宮が優れているとはいえ(官幣大社の社格もこれに由来するといえるでしょう)、歴史的な影響力の大きさ、知名度においては鶴岡八幡宮のほうが遥かに優位です。

よって、三大八幡は両説併記で、(1)宇佐・石清水・鶴岡を一般的な説とし、鶴岡に換えて筥崎宮を入れる説もあるとするか、(2)宇佐・石清水に鶴岡・筥崎のいずれかを合わせて三大八幡とするとするのが適切だと思われます。

現時点では、ネット上で筥崎宮関係以外に「宇佐・石清水・筥崎」説を挙げている例をほとんど見ることができないので(wikipediaの記事を引用する形で、この説を採っている例はあるようですが)、「宇佐・石清水・鶴岡」を一般的な説としておきます。以上の署名の無いコメントは、妙翅鳥会話履歴)氏が[2006-12-27T01:03:05(UTC)]に投稿したものです。

ノートで合意を形成してから、変更しましょう。署名もしましょうね。マナーです。--72.36.194.154 2006年12月27日 (水) 13:03 (UTC)[返信]
ノートで合意を形成した記述の変更でない限り、編集に合意は必要ではありません。編集してから揉めばいいんです。むしろ丁寧な説明に基づく編集をはっきりした理由も示さず戻すことこそマナーに反します。このケースでは差し戻しにこそ議論と合意が必要です。因みに、私は妙翅鳥さんの編集経緯説明に、署名失念など些細な事と思わせるだけの誠意と説得力を感じます。LR 2006年12月27日 (水) 13:35 (UTC)[返信]
鶴岡八幡宮は石清水八幡宮(あるいは壺井八幡宮)を勧請した神社にすぎません。歴史も浅いですし社格も低いです。筥崎宮よりも鶴岡八幡宮の方が著名などという主張は関東地方POVです。ネットのヒット件数が多いのは関東地方のほうが人口が多くてネットが進んでいるからでしょう。文化後進地の神奈川県が人口の多さにものをいわせて、伝統や権威までも簒奪しているように見えます。--72.36.194.154 2006年12月27日 (水) 13:45 (UTC)[返信]
地域人口が多くてネット導入も進んでいるのが有利な要因として働くとしても、その結果として大勢に知られるに到った=現に著名であるという単純事実を割り引く事はできないでしょう。実際問題として客観的な順位付け方法としては勧請数や年間参拝者数や賽銭額を比較するなどが考えられますので、異論の呈された事項を説得力なく繰り返すのではなく検証可能な指標を示して議論してくださいますようお願いします。LR 2006年12月27日 (水) 16:34 (UTC)[返信]
著名であるという主張は関東地方POVであるという異論の呈された事項を説得力なく繰り返したり、勧請数や年間参拝者数や賽銭額が日本三大八幡の指標などという安っぽい基準を独断で設定しないようお願いします。日本三大一覧の定義は「具体的な調査に基づくランキングのトップ3ではない。」です。--72.36.194.154 2006年12月27日 (水) 16:50 (UTC)[返信]
署名失念のことは失礼しました。さて、私は四国出身の東京在住であり、地域的な偏愛から鶴岡八幡宮が三大八幡だと主張しているわけではありません。また、筥崎宮が三大八幡に含まれることを否定しているわけでもありません。googleでの検索結果についても、ヒット件数の多さを問題にしているのではなく、「宇佐・石清水・筥崎」説が筥崎宮関連でしか取り上げられてないのに対し、「宇佐・石清水・鶴岡」説は鶴岡関連だけではなく、石清水関連の記事でも取り上げられていることを問題にしています(つまり、筥崎宮近辺以外では、「宇佐・石清水・鶴岡」を三大八幡とする説が一般的である可能性が高いということです)。この点で、72.36.194.154氏は私の問題提起にきちんと答えていません。また、私は年間参拝者数や賽銭額など問題にしていません(それらも重要な要素だとは思いますが)。勧請された分社の数は、その神社の歴史的な影響力を示すものであり、三大云々を考える際に重要な基準となり得るものです。また、社格と歴史の古さが三大○○を決める決定的な根拠というわけでもありません(特に社格については先に書いた通り)。そもそも三大○○を決める権威など存在せず、厳密に決定されたものでもない以上、一般的な認識を重視するべきです。私は筥崎宮を貶めようというつもりは全くありませんが、最低限「筥崎宮の代わりに鶴岡八幡宮(鎌倉市)を入れることも稀にある」などという明らかな嘘(意図的であることは明白ですから、間違いとはいいません)を書くことは止めていただきたいと思います。それらを含め、むしろ私は72.36.194.154氏の編集の中立性に疑念を抱きます。--妙翅鳥 2006年12月30日 (土) 01:10 (UTC)[返信]
そのような個人攻撃はやめてくださるようお願いいたします。
勧請された分社の数は重要な基準となりえるものかもしれませんが、起源と社格と歴史の古さと八幡神との関係は最重要な基準となりえるものです。「稀に」を取ることについては拘りをもっておりません。--72.36.194.154 2006年12月29日 (金) 17:07 (UTC)[返信]
「稀に」を取ることにこだわらないということですので、「明らかな嘘を書く」と書いたことは取り下げます(ただし、「稀に」という表現が極めて不適切であることは指摘しておきます)。その代わり、「筥崎宮よりも鶴岡八幡宮の方が著名などという主張は関東地方POV」「文化後進地の神奈川県が人口の多さにものをいわせて、伝統や権威までも簒奪しているように見えます」という表現について、きちんとした説明をお願いします。特に前者については、googleの検索結果から見ても不適切であることは、既に書いたとおりです。
また、私は社格・起源・八幡神との関係を無視しているわけではありませんし、筥崎宮を三大八幡から外そうなどとしているわけでもありません。しかし、72.36.194.154氏が指摘されているとおり、日本三大一覧の定義は「具体的な調査に基づくランキングのトップ3ではない。」わけで、「社格・起源・八幡神との関係」を云々することも「具体的な調査」(これは必ずしも数量のみを意味するとは考えられません)であることに注意するべきです。
また、歴史の古さという意味であれば、いくら鶴岡八幡宮が新しいといっても、古社と呼ばれるに十分な歴史を持っています。また、八幡信仰の発展しにおいて、鶴岡八幡宮の占める位置は極めて大きく、宇佐・石清水に十分匹敵する内容を備えています。この点で、筥崎宮が社格・起源において鶴岡に優るとはいっても、全国的に影響を及ぼした歴史はありません
もちろん、だからといって、筥崎宮の価値が劣るというわけではありませんし、何度も書いたように、筥崎宮が三大八幡に含まれることが不適切だというわけでもありません。私としては、敢えてどこかの神社を貶めるようなことを書きたいとは思いません。ただ、鶴岡八幡宮を三大八幡に含める説が広く見られるにも関わらず、独断的に排除しようとする編集のあり方が問題ではないかと考えたわけです。
私は先にも書いたとおり、ネット上における筥崎宮を三大八幡に含める説が筥崎宮関連の文脈でしか書かれていないのに対し、鶴岡八幡宮を含める説は鶴岡八幡宮のみならず石清水八幡宮関連の文脈でも見られることを重視し、鶴岡八幡宮を含める説をより一般的とするのが適切だと考えますが、それが不満であれば、「宇佐神宮・石清水八幡宮に鶴岡八幡宮・筥崎宮のどちらかを加えて三大八幡とする」といった形が妥協点ではないかと思います。:妙翅鳥 2006年12月30日 (土) 01:17 (UTC)[返信]
遠石八幡宮が四大八幡宮として、宇佐神宮・石清水八幡宮・鶴岡八幡宮と自社を挙げることを紹介する件に関し、もし「四大八幡」の説明ということであれば中立性に問題がありますが、ここではその文脈ではなく、独断的な編集で、鶴岡八幡宮を三大八幡から排除しようとする「著しく中立の観点を逸脱」した編集をする個人もしくはグループに対して、少しでもバランスを保とうとする配慮から書かれたものだと思います。これは「自称」とつけていることからも明らかです。つまり、これは遠石八幡宮が自社を四大八幡の一としていることを紹介するための文脈ではなく、「宇佐・石清水・鶴岡」を三大八幡とする説がより一般的であることを傍証する根拠としての文脈だと見るのが当たり前の読み方でしょう。その意味では、特に中立の観点を逸脱しているとは思いません。
私としては、ネットで参照されることの多いwikipediaで、一般的な説が一部のIPユーザーによって排除されている不健全な事態を憂慮しているだけのことです。要は、一般的な認識がきちんと反映されればいいだけですので、遠石八幡宮の主張を掲載するしないということ自体にはこだわりません。しかし、正直にいいまして、独断的編集を繰り返し、議論では不都合な部分を無視し、それでも不利になると逃亡する、さらに自分にとって都合のいい遠石八幡宮の主張だけ取り上げる一方で、あとは黙ってこっそり変更するというような御方が「著しく中立の観点を逸脱する」などと批判するのには、驚くやら、呆れるやらです。こういうことを書くべきではないのかも知れませんが、他者のマナーや中立の観点を云々する以上、御自身も相応の姿勢を見せるべきではないでしょうか?。妙翅鳥 2007年1月1日 (月) 21:56 (UTC)[返信]
先にも申しましたように、個人攻撃は止めていただくよう重ねてお願いいたします。度重なる個人攻撃は私の堪忍袋の尾を切れさせかねませんよ。されども、妙翅鳥さんは自分自身の主張と行動の愚かさに気づかれて(私の勘違いでしたらすみません)、自分自身の編集を差し戻されたことについては評価しております。--72.36.194.154 2007年1月2日 (火) 09:32 (UTC)[返信]
私は不当な個人攻撃をしているとは思いません。堪忍袋の緒を切っていただいても結構です。私はあくまで、「中立の観点を著しく逸脱した」編集に対して、道理を尽くし、言葉を尽くして一般的な見解の妥当性を主張しているだけです。
自分の編集のうち、画像と名称の名前を戻したのは、貴殿のあまりにも不毛で非建設的な対応に嫌気がさしたからです。両説を併記する以上、どちらが上でも大した違いはありませんから、社格に準じました。ただし、両説のうち、鶴岡を入れる説を上位に(すなわち前に)する編集は戻していません(貴殿が黙ってこっそり変更したというのは、この部分を指摘してのことです)。
貴殿が何を以て私の「主張と行動」を愚かだと断じているのかはわかりませんが(これこそ「個人攻撃」ではありませんか?)、私は自分のこれまでの編集に関して、愚かだとも不当だとも考えていません。
それを愚かだというのであれば、貴殿こそ、私が提起した問題について、特に三大八幡に鶴岡八幡宮を入れる説より筥崎宮を入れる説のほうが一般的だということについて、具体的な根拠を挙げて反論していただくと同時に、「筥崎宮よりも鶴岡八幡宮の方が著名などという主張は関東地方POV」「文化後進地の神奈川県が人口の多さにものをいわせて、伝統や権威までも簒奪しているように見えます」という明らかに不適当な表現について、きちんと説明していただきたいと思います(特に「文化後進地」という表現は著しく不適切だと思います。また、「関東POV」という表現がまったく事実無根であることは、既に何度も指摘したとおりです)。こういった当方として当然のお願いに対して一切答えていただけない以上、私は上の投稿を不適切だとは思いませんし、堪忍袋の緒を切られたところで、どうしようもありません。
誠意ある対応をお願いします。妙翅鳥 2007年1月2日 (火) 13:53 (UTC)[返信]
申し訳ないけど、三大八幡に鶴岡を入れるのは、鎌倉観光の関係者かそれに引きずられて誤解して覚えている人だと思いますよ。(でもそれがかなりの人数になってるから問題が生じてるんですよね)。同じ例として、江戸三大祭りに浅草寺三社祭を入れる人がいますが(そのせいで間違って記憶している外国人旅行者が非常に多い)、日本の伝統文化を誤解させるものとして非常に残念に思っています。--史跡めぐり 2007年5月11日 (金) 13:39 (UTC)[返信]
申し訳ありませんが、後学のために、その典拠を示してください。
名数には、一部の権威ある典拠を持つもの以外、複数説あるものが珍しくありません。言ってみれば、名乗ったものがちという側面もあります。三大八幡もそういうものの一つだと思っていました。例えば新人物往来社の『全国八幡神社名鑑』には、三大八幡という記述はなく、特別企画として宇佐、石清水、鶴岡の項目が立てられています。筥崎宮は他の主要な八幡宮と同列の扱いで、三大八幡云々ということは書かれていません。東京堂出版の『神社辞典』でも、同様です。
ネット上での事情は記述の通りですが(筥崎宮を三大八幡に入れる説は、筥崎宮関連の記事でしか見られない)、確かに、誤解が広まって定説のようになることも珍しくありません。名数は時代によって入れ替わることも珍しくありませんから、必ずしもそれを誤解とか間違いとすることには賛成できませんが、過去において普遍的に認められていた説ということであれば、考えを改めるにやぶさかではありません。私としては、別に鶴岡に思い入れがあるわけではなく、現実に鶴岡を三大八幡とする説が優勢であるにもかかわらず、鶴岡説を削除する一部の人の編集を是正したいというだけのことですから。
ただ、根拠もなく鵜呑みにするのはどうかと思いますので、そういう資料を提示していただけるのであれば、ぜひよろしくお願いします。妙翅鳥 2007年5月11日 (金) 20:15 (UTC)[返信]
妙翅鳥さんの意見を読ませていただくと、筥崎宮、鶴岡八幡とは別に「三大八幡」という表現そのものに反対しているように聞こえます。「三大八幡」の根拠を問うということは、筥崎宮を入れる事も、鶴岡八幡を入れる事も不適切だし、それこそ、「筥崎宮」は良くて「鶴岡八幡」はダメ(或いはその反対)も不適当と言う事になりますよね。--125.13.150.137 2008年8月26日 (火) 05:43 (UTC)[返信]
申し訳ありませんが、私の投稿のどこをどう読めばそういう解釈になるのか、まったく理解できません。
私は、史跡めぐり氏の「申し訳ないけど、三大八幡に鶴岡を入れるのは、鎌倉観光の関係者かそれに引きずられて誤解して覚えている人だと思いますよ」という投稿に対して、権威ある典拠があるのであれば示してほしいと求めただけです。
ただし、先日参拝した愛媛県の川之江八幡神社でいただいた資料に四大八幡として宇佐・石清水・筥崎・鶴岡を挙げているのを見て、三大八幡にこだわるより、そのようがよほど簡単な解決法かもしれないとは思いましたが。--妙翅鳥 2008年8月26日 (火) 16:15 (UTC)[返信]

私も「日本三大八幡宮」の選考基準をネット検索してみましたが、見つかりませんでした。それに、ここのノートで議論すれば、「日本三大八幡宮」が決まるわけではありません。私も、「宇佐・岩清水・鶴岡」は鎌倉の観光セールストークに聞こえてしょうがない。全く持ってあり得ない。本来ならば、「筥崎宮」を省く理由は、「鶴岡」支持派が提示すべきだろう。官幣大社かつ筑前一ノ宮が国幣中社に劣る理由を提示すべきだ。本来ある命題を覆す場合は、反対の命題を持って覆すのは論理の絶対ルール、だから文系はダメなんですよ。また「歴史の低さ、社格のみ」をもって編集するのは「非常識」と述べているが、命題とは「真」か「偽」のみであり、「常識」など不要だ。むしろ時間が経てば変わる一貫性の無い「常識」などを「編集の根拠」にするなど論外である。そもそも、日本三大八幡宮は、官幣大社という共通点で一致しているのに、それを、最上記の意見は妙翅鳥さんでしょうか?が主観のみで歪曲させるほうが常識的良心を疑う。まあ、たしかに「筥崎宮」は関東の方々にはマイナーな存在でしょう。しかし、それこそ「マイナーだから」の理由のみで、軽視される理由にはなりえない。つまり、筥崎宮が三大八幡の資格無しと言う意見を妙翅鳥さんが主張したいのなら、それこそしっかりした根拠を持って提示すべきである。~と思われる。常識を疑う。こんな安い主張での三大八幡反対は最早「筥崎宮」に対しての侮辱以外の何者でもない。史跡めぐりさんに根拠の提示を求めておられるが、何を勘違いしている。妙翅鳥さんが根拠を提示する責任を持っているのだ。--125.13.150.20 2010年4月28日 (水) 12:03 (UTC)[返信]

今年出版された石清水八幡宮の宮司(田中恆清氏)の著書「謎多き神 八幡神のすべて」では神仏判然令のページ198~では「太政官達 比度大政御一新ニ付、石清水、宇佐、筥崎等八幡宮大菩薩(以下略)」と記述されていますね。鶴岡の名前は挙がっていませんので三大八幡宮に鶴岡を含めると言う説は近年になって知名度が上がってからの発生じゃないでしょうか?--Tanohei 2010年5月6日 (木) 13:27 (UTC)[返信]

(あえて火中の栗を拾ってみますが)これまで皆さんのご意見を拝読していましたが、やっとある程度の方向が見えてきたように思います。要は、「歴史的には社格の高さからも筥崎が三大に入っていたが、歴代の幕府による崇敬や地域的特性もあり近年では鶴岡を三大とする例が多い」ってことでしょう。そのように明確に書かれた出典でもあれば簡単なのですが、当面そのように記載して両論併記しておけばよろしいのではないでしょうか。地域POVに言及される方がいらっしゃるので一応書いておきますが、私は東北出身者で筥崎には行ったことがなく、石清水、宇佐、鶴岡には行ったことがあります。それでも「伝統を重んじれば」筥崎を無視してほしくはありません。ですので歴史的、伝統的、社格的には筥崎を三大に含める例がかつては支配的だったことを明記すれば、近年では鶴岡を入れる例が多いことを書いても筥崎派(?)は納得できるのではないでしょうか。--ろう(Law soma) D C 2010年5月7日 (金) 00:34 (UTC)[返信]

出版・放送の多くが関東発なので地域POVとは言い切れませんが明らかに関東寄りではありますね。まあ、神社仏閣もマスコミに登場する回数が多いほど一般人への知名度が上がるって事ですね。関西人ですが筥崎と鶴岡のどっちの名前をよく耳にするかと言えば鶴岡ですね。「謎多き神 八幡神のすべて」と同じ出版社(新人物往来社 )の「全国八幡神社名鑑 (別冊歴史読本―神社シリーズ (99))」では表紙には宇佐・石清水・鶴岡の名前が挙げられていますので関東基準だと鶴岡優先になっちゃうのでしょうねえ。--Tanohei 2010年5月7日 (金) 04:47 (UTC)[返信]
要は「三大」のオーソライズがなされているのかってことなのかもしれません。結局どこもオーソライズしていないので人口に膾炙しているかどうかという感覚的なものになってしまう。今まで掲げられた例示を見る限りでは、おっしゃるとおりマスコミの発信地の問題もあり、少なくとも近年においては鶴岡を含むことが多いと思います。ただ社格や歴史的経緯を考えると承伏しにくい。であればただの両論併記ではなく、歴史的には筥崎近年は鶴岡という併記がベターなのではないかと。--ろう(Law soma) D C 2010年5月7日 (金) 05:40 (UTC)[返信]

まあしかし、人口の増減、人気の有無によって歴史が左右されるのなら、これほど安い歴史も無いですな。たしかに『三大八幡』という認定の問題もあるでしょう。まあそもそも「自ずから…」の精神である神道に、経典宗教なみの定義は存在しないんですが、『官幣大社』である事と、宇佐神宮に近い事などから「三大八幡」の定義を類推する事は十分可能です。ま、人口の増減や人気の有無で、筥崎宮が本来の『日本三大八幡』に返り咲くのは、気の遠くなる時間が必要ですね(笑)--125.13.150.20 2010年5月14日 (金) 15:10 (UTC)[返信]

おっしゃる趣旨は理解しているつもりですが、要は「歴史を左右したくないから」歴史的には筥崎と書きたいということです。「経典宗教なみの定義は存在しない」から、このように意見が対立するのであって、そこを両論併記で乗り切ろうと考える訳です。あと蛇足ですが、「筥崎宮が本来の『日本三大八幡』に返り咲くのは」云々について言及すれば、どこか権威ある機関(神社本庁でもいいし國學院でもいい、もし全国八幡神社連絡協議会なんてシロモノがあるならそこでもいい)が認定しさえすれば解決する訳なので、それはWikipedia日本語版の記事執筆とは別のステージなのではないでしょうか。--ろう(Law soma) D C 2010年5月17日 (月) 00:27 (UTC)[返信]

たしかに、ろう(Law soma) さんの仰る通りですね。現時点では、両論併記以上の対策を提示できないので、矛を収める事とします。--125.13.150.20 2010年5月17日 (月) 14:29 (UTC)[返信]

まず断っておきますが、私は筥崎宮に日本三大八幡の資格なしなどとは一度たりとして書いたことがありません。そもそも日本三大八幡に絶対的な権威のある根拠はなく、鶴岡説と筥崎宮説の両方があるのだから、併記すべきだと一貫して言っているだけです。一度たりとして、筥崎宮説を排除せよなどと書いたことはありません。
また、鶴岡八幡宮に対しても、筥崎宮に対しても、どちらか一方に特別な思い入れがあるというわけでもなく、どちらかを排するというつもりもありません。
筥崎宮を偏愛しているらしい粘着質の投稿者が、鶴岡説を執拗に削除していたので、鶴岡説の根拠を示した上で、両論併記を主張しただけのことです。それを筥崎宮に対する侮辱などというのは、まったく心外です。
官幣大社であり筑前国一宮であるということが、必ずしも日本三大八幡であることの根拠にならないことは、官幣大社というのが明治以降昭和20年までの制度であること、例えば熱田神宮が尾張国一宮ではないように、一宮も成立過程における諸問題があるため、それを以て絶対の基準とはできないことは明らかです。
鶴岡八幡宮は、明治以降の社格制度では国幣中社に留まっていますが、源頼朝以来、武家は特別の崇敬を捧げてきました。日本史における重要性においては、筥崎宮の比ではありません。
因みに、今年初めの時点で、全国八幡宮連合の役員をしている宮司さんに、日本三大八幡について聞いたところ、特に決まっているわけではないが、我々の認識としては宇佐、石清水、鶴岡だという答えでした。
まさか、今頃になってまで議論が蒸し返されるとは夢にも思っていなかったので、敢えて書くこともしなかったのですが…:妙翅鳥 2010年5月17日 (月) 14:52 (UTC)[返信]
念のためレスしておきますが、私は個人的に筥崎の多少の思い入れはあるものの、基本的には妙翅鳥さん同様両論併記案でしたのでずっとROMしてきた訳です。ただ今頃になっても筥崎側から新情報が出てきておりましたので、その方々が納得しやすい「歴史・近年」両論併記案を提示したに過ぎないのですが。現状では、筥崎側の方々が徐々に「歴史・近年」両論併記案に納得してきていると認識しております。ですので、この辺で終息しては如何でしょうか。--ろう(Law soma) D C 2010年5月17日 (月) 23:53 (UTC)[返信]

妙翅鳥さん、お久しぶりですね。最初に結論は『両論併記』に決定しているので、私も、この結論に今のところ賛成しています。あと、地域POVなどと言ったのは私ではありませんよ。それはともかく、妙翅鳥さんの根拠が脆い、という事はご自分で自覚されているのでしょうか?

例えば近代社格制度に対する反対論証を、論理的に何ら関連の無いgoogleの検索数を出す意図は何なのでしょうか?検索数による比較で近代社格制度に対する批判は出来ませんよ。さらに検索数を出した事によって人口が明らかに多い関東、神奈川県の鶴岡八幡宮に対する検索数が多いのは当然であり、人口にモノを言わせる…という反論に繋がったのです。これは、歴史云々の問題ではなく人口の問題であり、日本史に対する貢献度、というのも戦前、戦中、戦後の歴史教科書の違いで、戦前には元寇と神風は必須だったのに対し、戦後にはそういった教育を排除する傾向があったからであり、現在私の手元にある歴史教科書(山川出版社、日本史B)には元寇についての記述がわずか2ページしかないので、コレは日本史的に価値が無い…とでも仰りたいのでしょうか? 次に、私以外の方の意見を借りますが、

今年出版された石清水八幡宮の宮司(田中恆清氏)の著書「謎多き神 八幡神のすべて」では神仏判然令のページ198~では「太政官達 比度大政御一新ニ付、石清水、宇佐、筥崎等八幡宮大菩薩(以下略)」と記述されていますね。鶴岡の名前は挙がっていませんので三大八幡宮に鶴岡を含めると言う説は近年になって知名度が上がってからの発生じゃないでしょうか?--Tanohei 2010年5月6日 (木) 13:27 (UTC)[返信]

Tanoheiさんの意見を拝借させていただきました(問題がある場合はご指摘をお願いします。初心者なのでご迷惑をおかけします)。この意見には、岩清水八幡宮の宮司田中氏の言葉で筥崎宮を明言しているのに対し、妙翅鳥さんの“全国八幡宮連合の役員をしている宮司さん”とはどちら様でしょうか?何なら宇佐神宮の宮司さんに直接伺っては如何でしょうか?正に神託ですね。いや、宇佐神宮の宮司さんに『日本三大八幡宮は筥崎宮か鶴岡八幡宮か』については私が調べましょう。とにかく、初めから宇佐神宮や岩清水八幡宮の宮司さん方にお伺いすれば、無用な論争も起きなかったと思うのですが、如何でしょうか。

最後に地域POVについてですが、どの地域に住んでいようと、どの時代に生きようと論理的に正しい(=正)と間違い(=偽)に違いはありません。あえて事実に対し地域的な歪曲があるのならば、それはPOVでは無く宗教的プロパガンダです。さて、私は福岡市出身です。これを言うと『だから筥崎宮に対し愛着があり、鶴岡八幡宮を貶めようとしている』という意見も上がりそうですが、私の意見に鶴岡八幡宮を非難、批判する記述は全くありません。私が非難しているのは、人口にモノを言わせ、歴史を作り変えようとしている連中に対してであり、宇佐神宮と同じ元宮から派生した筥崎宮を日本三大八幡宮では無い(同じ命題に二つの結論は出ない=排中律)とする意見に、疑問を持った一人に過ぎません。しかし、不本意ながら筥崎宮が三大八幡宮である絶対的な根拠を(私は、今のところ)持ち合わせていない。という点を踏まえて両論併記に賛成しているのです。--125.13.150.20 2010年5月27日 (木) 17:14 (UTC)[返信]

誠に申し訳ありませんが、125.13.150.20さんご自身は不本意であろうとは存じますが、両論併記に賛成頂いているのですから、ここで合意に対する反発を招きかねないご意見はお控え頂けませんか?「人口にモノを言わせ、歴史を作り変えようとしている連中」などという不特定多数に対するお腹立ちであっても、ここで書くことにより、あたかも鶴岡を推す利用者に対する批判のようにも読めてしまいます。--ろう(Law soma) D C 2010年5月28日 (金) 02:39 (UTC)[返信]

ろう(Law soma)さん、大変失礼しました。確かに誤解を与えかねない表現でした。上記の意見は妙翅鳥さんの展開する根拠が脆弱であると指摘したかっただけで、この両論併記に賛成です。--125.13.150.20 2010年5月28日 (金) 04:42 (UTC)[返信]

追加です。妙翅鳥さんの仰る“全国八幡宮連合”とはこのホームページの組織で間違いありませんか? http://www.iwashimizu.or.jp/zenkoku/top.htm この組織の九州地区には、熊本の神社しか入っていませんね。正直に言って、確かに石清水八幡宮も入っているが、この組織で筥崎宮が日本三大八幡宮ではない、と言う資格があるのか非常に疑わしい。ましてや鶴岡八幡宮すら加入していない。そもそも、石清水八幡宮の宮司、田中氏は筥崎宮を日本三大八幡宮だと仰っている。妙翅鳥さんの知り合いの宮司さんは、はっきり言って勉強不足なのでしょう。一応、“全国八幡宮連合”なる組織の、とある宮司は非公式に妙翅鳥さんに自身の勉強不足を露呈した。この様に解釈します。妙翅鳥さん、繰り返しますが、初めから宇佐神宮石清水八幡宮の宮司さんに日本三大八幡宮は筥崎宮か鶴岡八幡宮かを聞けば、はっきりした答えが聞けたはずです。それを行わなかったのは、単に妙翅鳥さんの恣意的な感情があったからです。ちなみに、『面白いほどよくわかる神道のすべて―日常の暮らしに生きる神道の教えと行事 (学校で教えない教科書)』によれば、日本三大八幡宮に筥崎宮と書かれています。どちらが鶴岡八幡宮を偏愛しているらしい粘着質の投稿者なのか分かりませんね(笑)

あと、私が賛成している両論併記はろう(Law soma)さんの『歴史的には“筥崎宮”近年は“鶴岡八幡宮”』と言う分け方に賛成しているのであり、

三大八幡は両説併記で、(1)宇佐・石清水・鶴岡を一般的な説とし、鶴岡に換えて筥崎宮を入れる説もあるとするか、(2)宇佐・石清水に鶴岡・筥崎のいずれかを合わせて三大八幡とするとするのが適切だと思われます。

このような妄言には、断固反対する。

妙翅鳥さん以外の方が同じ両論併記を提案すれば、もっと穏便に議論は済んだに違いありません。確かに鶴岡八幡宮は、鎌倉幕府の、牽いては武家社会における八幡神の象徴である事は確かでしょう。しかし、それは飽くまで『政治的』主要神社に過ぎず、“八幡宮の中では”というカテゴリとは異なります。『政治的』であるのと『社格』とは別に考慮しなければいけません。近代社格を述べるまでも無く、筥崎宮は、宇佐神宮と同じ元宮から分かれた、歴史と社格ある神社です。それを、宇佐神宮の分社である岩清水八幡宮の、そのまた分社の鶴岡八幡宮が日本三大八幡である、と言うのは甚だ疑問です。近代社格だけが社格ではない。妙翅鳥さんに、もう少しの抽象的思考があれば…と思い、遺憾に感じました。--125.13.150.20 2010年5月31日 (月) 16:20 (UTC)[返信]

コメント この話題は両論併記と言うことでもう止しましょう。因みに全国八幡宮連合について、本州の八幡宮はほぼ網羅と考えていいかと思いますよ。--胡亂堂 2010年5月31日 (月) 16:30 (UTC) - 一部自粛しました。--胡亂堂 2010年6月1日 (火) 12:58 (UTC)[返信]

何度も書いて申し訳ないのですが、私の主張は当初から両論併記であって、筥崎宮を三大八幡宮から排除するなどという意図はありません。
鶴岡八幡宮擁護で主張がきつくなったのは、それまで執拗に鶴岡説が削除されていたからで、これは過去の編集履歴を見れば明らかです。いかなる説であれ、現にそういう説があり、一般に流布しているのであれば、それを掲載するのは中立的な観点から当然のことのはずです。

> 妙翅鳥さん以外の方が同じ両論併記を提案すれば、もっと穏便に議論は済んだに違いありません。
えらく失礼な書かれ方ですが、それについてはとやかく言いません。私のような書き方で執拗に主張しなければ、両論併記という流れにはならなかったでしょう。両論併記という流れになっても、こっそりと鶴岡を削除していたぐらいですから(例.2009年2月7日116.80.229.185氏の編集)。

> 岩清水八幡宮の宮司田中氏の言葉で
石清水八幡宮のことだと思いますが、Tanoheiさんの引用は太政官の通達であって、田中宮司の言葉ではありません。上記引用から、田中宮司がどう考えているかということがわかるわけではないのですが、125.13.150.20さんの資料の読み方には深刻な問題があるように思われます。
そもそも、私が書いた文章についても読み違いをしておられるようですが、私が聞いた宮司さんの話では「特に三大八幡宮というものは決まっているわけではない」が「自分たちの認識では宇佐・石清水・鶴岡だ」というものであって、公式見解としては「三大八幡宮は決まっていない」ということになるはずです。
125.13.150.20さんは、どうしても私を鶴岡八幡宮を偏愛している人間にしたいようですが、私が重視しているのは中立的な観点です。

近代社格制度一宮制度については書けばいろいろありますが、議論を蒸し返すのが本意ではありませんから控えます。要は、両論併記であればよいので、筥崎宮・鶴岡八幡宮のどちらかが削除されるという事態にならないかぎり、これ以上、この問題には関わりません。
なお、両論併記については、独自研究や主張は控えていただき、単純に並列の両論併記がもっとも公平であろうと思います。--妙翅鳥 2010年6月21日 (月) 11:11 (UTC)[返信]

>独自研究や主張は控えていただき、単純に並列の両論併記がもっとも公平であろうと思います。
具体案をお願いできますでしょうか?もし以前から妙翅鳥さんが提示されている案に止まるのであれば、話し合いは振り出しに戻るのではないかと思います。私の提示した案をベースに出典の範囲内の表現に出来ればご了承頂けますか?--ろう(Law soma) D C 2010年6月22日 (火) 03:15 (UTC)[返信]

いや、失礼(笑)以後誤字には気をつけましょう。私はろう(Law soma)さんの意見に賛成しているのであり、妙翅鳥さんの意見には反対ですよ。一応念のため。

あとは、 >>私が聞いた宮司さんの話では「特に三大八幡宮というものは決まっているわけではない」が「自分たちの認識では宇佐・石清水・鶴岡だ」というものであって、公式見解としては「三大八幡宮は決まっていない」ということになるはずです。

妙翅鳥さんの本文を引用させてもらいましょう。

>>因みに、今年初めの時点で、全国八幡宮連合の役員をしている宮司さんに、日本三大八幡について聞いたところ、特に決まっているわけではないが、我々の認識としては宇佐、石清水、鶴岡だという答えでした。

『我々の認識』とは何を指すのでしょうか?

第一、私も両論併記に賛成していると言う事は、妙翅鳥さんの目的は達成された筈です。 >>なお、両論併記については、独自研究や主張は控えていただき、単純に並列の両論併記がもっとも公平であろうと思います。

この論旨を伺わない事には、議論は進められませんが、無論、私は妙翅鳥さんの意見には反対なので、もう一度振り出しに戻りますね。私は一向に構いませんよ。--125.13.150.20 2010年6月22日 (火) 19:50 (UTC)[返信]

話を振り出しにするのは折角拾った火中の栗をアチチと放り出すのに似て勿体ないことです。栗を食べるために具体的な案を提示します。
  • 俗に三大八幡と呼ばれる神社は以下の四社のうち「宇佐・石清水」に「筥崎・鶴岡」のいずれかを合わせた三社である。幕末から明治期の資料では、[[1868年]]([[慶応]]4年)[[4月24日 (旧暦)|]]付け太政官達に示す八幡宮の例示3社<ref>田中恆清『謎多き神 八幡神のすべて』 p.198 新人物往来社、2010年、ISBN 4404038291<br/>[http://www.d1.dion.ne.jp/~s_minaga/s_tatu.htm 神仏分離令]</ref>、官幣大社に列せられている3社は、「宇佐・石清水・筥崎」であるが、近年発行された書籍中では「宇佐・石清水・鶴岡」を八幡神社の代表例としている<ref>『全国八幡神社名鑑(別冊歴史読本―神社シリーズ (99))』新人物往来社、2004年、ISBN 4404030991<br/>白井永二、土岐昌訓『神社辞典』東京堂出版、1997年、ISBN 449010474X</ref>。
これで如何でしょうか?--ろう(Law soma) D C 2010年6月23日 (水) 05:03 (UTC)[返信]

私としては関わりたくないのですが、議論が振り出しに戻るということですので、お答えします。

何度も断りますが、私は筥崎宮と鶴岡八幡宮のどちらが三大八幡宮に相応しいかを論じているわけではなく(そんなことには意味を感じません)、両説があるという単純な事実を問題にしているわけです。で、それを問題にし、鶴岡が三大八幡宮と呼ばれるに相応しい根拠があることを主張したのは、鶴岡八幡宮を三大八幡宮とする説があるにもかかわらず(しかも、より一般的であるにもかかわらず)、それを執拗に削除していた(ないことにしていた)からです。
これが逆に鶴岡八幡宮が一般的な認識であるからといったような理由で、筥崎宮説を削除するという事態があれば、私は逆に筥崎宮を擁護したでしょう。あくまで「鶴岡八幡宮のほうが三大八幡宮に相応しい」ではなく「鶴岡八幡宮を三大八幡宮とする根拠がある」ということを主張しているだけで、それ以上の意味はありません。

その上で、私がなぜ単純に並列の両論併記が公平としろう(Law soma)さんの提案に否定的であるかということを説明します。

まず、たいていの場合、名数というのは絶対的なものではなく、絶対的な権威があるわけでもなく、そう言われているというものに過ぎません。たいていの場合、勝手にそう名乗っているだけです。
名数の項目を見ても、「必ずしも最も優れたもの(トップ3、トップ10など)を選んでいるとは限らず、特に「三大○○」と呼ばれるものの中には、2つまではよく知られているが、あとの1つはあまり知られていないというものも多い。逆に、諸説あったり、複数の名乗があって、「三大○○」「四大○○」に何が入って何が入らないのか、厳密に定まっていない場合もある」とあります。三大稲荷などはその典型でしょうし、事実として三大八幡宮も同様です。

次に、歴史的には「宇佐・石清水・筥崎」という書き方については、まず、歴史的にその三社が三大八幡宮だと認識されていたという前に、歴史的に三大八幡宮という概念があったという証明が必要です(現在、それが存在することは、googleで検索したらヒットすることからも明らかですが、それがいつまでさかのぼるかはわからない)。
例えば、史跡めぐり氏が江戸三大祭りについて、浅草三社祭を例を挙げていますが、これは元々江戸の三大祭りが山王・神田・深川とされていた事実がありますから、正当な指摘です。ところが、私の知るかぎり、同様の例として三大八幡宮という共通認識があったという根拠はありません。

もちろん、江戸とか明治とかに宇佐・石清水・筥崎宮を三大八幡宮としていたという明確な典拠を示していただければ、歴史的に云々という記述をすることにまったく異論はありません。しかし、件の太政官達も三大八幡宮ということで三社を挙げているわけではありませんから、筥崎宮を三大八幡宮とする根拠にはなっても、歴史的に三大八幡宮であったとする根拠にはなりません。そもそも当時、三大八幡宮などという概念があったか否かもわからないわけですから。

また、件の太政官達に関していえば、王政復古という時代背景と、鎌倉幕府以来の武家政権の象徴ともいうべき鶴岡八幡宮との関係を考えれば、より朝廷との関係が深い筥崎宮を厚遇するのは当然といえます。

つまり、今のところ事実として確認できることは、現実に日本三大八幡宮には筥崎宮を含める説と鶴岡八幡宮を含める説があることだけであり、それについて権威ある根拠はなく、共通認識として成立していたという根拠もないこと、一般通念としては鶴岡説のほうが広がっていること(これについて、いろいろ意見はあるでしょうが、あくまで事実は事実です)、ぐらいです。
どちらがより三大八幡宮に相応しいかというのは、少なくとも現時点において独自研究、もしくは思い入れに過ぎません。もちろん、どちらかを日本三大八幡宮とする権威ある根拠が見つかれば、それは記述してしかるべきですが、件の太政官達や日本八幡神社名鑑にしたところで「三大八幡宮」という表現をしているわけではありませんから、それを根拠にして、歴史的には、とか、近年はと書くべき意味があるとは思えません。

ならば、確認できる事実に基づいて、単純に並列の両論併記が公平だろうというわけです。鶴岡説が一般的だという事実も書く必要はないでしょう。

> 『我々の認識』とは何を指すのでしょうか?

あのね、みんながそう認識していても、わざわざトラブルの原因になるような公式見解は出さないなんて社会では普通のことなんですよ。常識的に考えて、全国八幡宮連合にとって三大八幡宮を固定するメリットなんてないでしょう? だから私も配慮して、どこの神社の宮司さんなどとは書いていないんですよ。あくまで参考として提示しているだけで。--妙翅鳥 2010年6月23日 (水) 16:41 (UTC)[返信]

むう、お話はよくわかりました。筋も通っておりますし特段異論はありません。が、あえて私が火中の栗を拾おうとしたからには、ある程度の合意までは持って行きたいとも考えております。
三大云々に絶対的なものがないことは了解しております。そこをあえて書いたのです。ご懸念の点については、「俗に」といった表記に反映させたつもりでしたが、「三大八幡」という言葉はなくとも、実際に3社が特筆されている事例を示せばよいのではないでしょうか?それは「例示3社」「官幣大社に列せられている3社」「代表例」という表現にしております。
まあ、単純な両論併記でも個人的にはいいんです。ただ、あとちょっとで合意が得られそうな状態でいくばくかの努力を惜しまないようにしているわけです。ご一考お願いします。--ろう(Law soma) D C 2010年6月24日 (木) 23:58 (UTC)[返信]

以前『振り出しに戻りますね』と明言しましたが、撤回します。私はろう(Law soma)さんの提示した両論併記に賛成し、また『宇佐・石清水・鶴岡を一般的な説とし…』という意見に断固反対する立場には変わりません。なぜなら私は『鶴岡を一般的な説とし…』の部分こそ“独自研究”では無いかと考えたからです。

あと、これは地域差なのか時期の差異なのかは不明なのですが、今妙翅鳥さんの提示した『三大八幡・筥崎宮』と『三大八幡・鶴岡八幡宮』をgoogleにて検索したところ、『三大八幡・筥崎宮』は約19400件(0.23秒)なのに対し、『三大八幡・鶴岡八幡宮』は約16400件(0.21秒)で、筥崎宮の方が検索数が多かったのですが…これは、私の住んでいる地域差なのか、それとも時期により変化するのかは分かりませんが、このような数値の変動するものを根拠に『鶴岡八幡宮が一般的である』という意見は甚だ疑問です。前にも言いました妙翅鳥さんの根拠は脆弱です。

確かに、以前72.36.194.154とのやり取りで妙翅鳥さんが不快な思いをしたのはお察ししますが、私は72.36.194.154116.80.229.185の様な卑怯者ではありませんし、むしろ筥崎宮の名を貶めるような輩は、私も率先して排除する所存です。だからこそ、ここで議論を振り出しに戻さずに合意する事は妙翅鳥さんや私にとって利害が一致するのでは無いでしょうか。長引くと、邪魔者が荒らす結果になりかねません。

それから、皆さんにお願いしたい事ですが、是非googleの「三大八幡・筥崎宮」と「三大八幡・鶴岡八幡宮」を検索し、その件数を教えていただきませんか?--125.13.150.20 2010年6月25日 (金) 13:13 (UTC)[返信]

> 私は72.36.194.154や116.80.229.185の様な卑怯者ではありませんし、むしろ筥崎宮の名を貶めるような輩は、私も率先して排除する所存です。
それを伺って安心しました。どうしても相手が特定できなければ疑心暗鬼になる面がありますので、その点、こちらの失礼も容赦していただければ幸いです。
実は、ここで議論を始めた後の平成19年に初めて筥崎宮に参拝したのですが、どうもここでの議論が引っかかって、あまりすっきりした気持ちでの参拝にはなりませんでした。伏敵門が改修中だったということもありますが。自分から買って出た議論とはいえ、なんでそんなことのために素直に参拝できなくなったものか、理不尽な思いがしました。上の言葉を読んで、わだかまりが解けました。
さて、私の基本的な考え方は上に示したとおりで、両説共に権威ある根拠がない以上、単純に並列にすべきだとは思いますが、それをきちんと踏まえた(誤解がないように配慮した)上での参考資料としての提示するのであって、かつ他の人から異論がなければ、ろう(Law soma) さんの意見に従ってよいかと思います。
googleの検索数についていえば、2006年ごろ、いろいろなブログその他で、Wikipediaを引用する形で、三大八幡宮は宇佐神宮・石清水八幡宮・筥崎宮という記述がかなりありました。今も、その影響が残っているだろうと思います。私は、別に三大八幡宮が筥崎宮でも鶴岡八幡宮でもよいのですが、両説がある以上、Wikipedia発で偏った見解が広がるというのは望ましくないと考えたので、それこそ敢えて火中の栗を拾うことにしたわけです。
私としては、正直、中立性の観点からするとグレーゾーンだと思うのですが、他に異論がなければ、それでよいだろうと思います。--妙翅鳥 2010年6月28日 (月) 14:03 (UTC)[返信]
>中立性の観点からするとグレーゾーン
おっしゃるとおりだと自分でも思います。場合によっては本文は単純な併記にして解説は全部注釈にするということも考えたのですが、ここで「落としどころ」を見つけておかないと、いつまでも納得しない方が残ってしまいます。そういう意味では苦渋の決断でもあった訳です。とは言え、出典もあり両論併記もしておりますので中立性の観点を逸脱まではしていないと考えています。では、しばらく待って異論がなければ、私の2010年6月23日 (水) 05:03 (UTC)提案の文面に置き換えます。これまで皆さんお疲れ様でした。それぞれの思いはあるでしょうが、一応の実りがある議論となって終了したことは良かったと思います。--ろう(Law soma) D C 2010年6月29日 (火) 00:31 (UTC)[返信]

妙翅鳥さん、ありがとうございます。私も度重なる無礼、失礼しました。私はもちろんろう(Law soma)さんの意見に賛成します。確かに人口比率を考えれば鶴岡八幡宮が有名なのは分かりますが、その事で筥崎宮を埋没させるには、歴史など考えれば惜しいので、反対させていただきました。さらに、個人ブログなどで、日本三大八幡宮の筆頭に鶴岡八幡宮を挙げる人も散見しましたので、このwikipediaで正しい知識をつけて頂ければ…と考えた次第です。

確かに鶴岡八幡宮は筥崎宮よりも、境内が広いです。しかし境内の広さで三大八幡宮を決めるのは如何な物か。やはり、神を語る上で歴史を抜く事は出来ないと考え反対を表明しました。確かにグレーゾーンかも知れませんが、妙翅鳥さんの仰る通り、優劣をつける訳ではないので、両論併記には賛成しました。

それに私は人口は多いと感じたものの>>「文化後進地の神奈川県が人口の多さにものをいわせて、伝統や権威までも簒奪しているように見えます」とは思っていないので両論併記に賛成した所存です。しかし、本当にコイツは筥崎宮を騙る獅子身中の虫ですな。あるいは工作員というヤツでしょうか。まあ個人的感想はここまでにしますが、一応の決着がついたので、ほっとしています。

では、妙翅鳥さん、ろう(Law soma)さん、ありがとうございました。 --125.13.150.20 2010年6月29日 (火) 15:55 (UTC)[返信]

◆念のためと思って期間を取っているうちに、もう2か月を超えてしまいましたが、先ほど上記合意に基づき記事を編集しました。皆さん、これまでありがとうございました。--ろう(Law soma) D C 2010年9月1日 (水) 02:18 (UTC)[返信]

「その他の全国の八幡宮(八幡神社)」について[編集]

「その他の全国の八幡宮(八幡神社)」が大量に追加されてますが、これ、全部書くんですか? 全部書かないにしても、これではただの「八幡神社データベース」です。やりたかったらWikipediaの外でやった方が良いと思います。nnh 2007年3月13日 (火) 10:19 (UTC)[返信]

これは八幡宮に限った話ではなく、Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト_神道#「◯◯を祀る神社」についてで議論中です(ストップしてますが)。とりあえず、何でもかんでも追加するのは一旦止めて、議論に参加して下さい。nnh 2007年3月13日 (火) 10:26 (UTC)[返信]

以後の議論は第7節#「全国の八幡宮(八幡神社)」の分割・整理について(承前)にてお願いします--胡亂堂 2009年3月21日 (土) 09:53 (UTC)[返信]

八幡神を祀る神社一覧への分割提案[編集]

八幡神を祀る神社一覧に分割しませんか?--ゞ( ̄ー ̄ )アロエ 2007年3月13日 (火) 21:46 (UTC)[返信]

反対します。ウィキペディアはデータベースではありません。上でも書きましたが、そのようなことはウィキペディアの外でやるべきです。「○○を祀る神社」というのはあくまでも「例示」であって、網羅を目的とするものではありません(八幡神に限らず、です)。nnh 2007年3月13日 (火) 23:55 (UTC)[返信]
目立った反論もないようなので、今週末ぐらいには分割したいと思います。--ゞ( ̄ー ̄ )アロエ 2007年3月19日 (月) 06:57 (UTC)[返信]
分割に反対し、現在掲載されているリストの大幅な削除を支持します。N yotarou 2007年3月20日 (火) 11:00 (UTC)[返信]
理由がありません。只の意見表明は不要です。-ゞ( ̄ー ̄ )アロエ 2007年3月20日 (火) 23:14 (UTC)[返信]
あらかじめ記事の分類をつけておき混乱を防ぐという点では有用ですが、記事数が一覧の規模に追いついていないため、その地域に神社が存在しているという情報は与えますが、記事への導入としての役割がを十分に果たせず、データベースに近いものとなってしまいます。Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト_神道#「◯◯を祀る神社」についてでもう少し議論を続けてから、こちらの結論を出すことにしませんか?-- 2007年3月21日 (水) 14:13 (UTC)[返信]
(賛成)議論が2年間止まっているようですが、現状で124KBの分量があり、説明のための本文と比べて明らかに過剰な一覧節によって可読性が損なわれており、データベースか否かという議論は一覧の付記に関する議論であり、分割した上で分割先の一覧に対してのみ行われても問題はないと思います。--凪海(Nami-ja) 会話 / 履歴 2009年3月6日 (金) 20:09 (UTC)[返信]
(賛成)一覧を説明文より多くする意義を感じられません。ここは一旦分割すべきでしょう。八幡宮との棲み分けをどうすりゃいいのかって疑問もありますが…。--松山の暗黒騎士・暗黒な方です 2009年3月16日 (月) 17:09 (UTC)[返信]
(コメント)議論を止めてしまっていて申し訳ないです。さらに止めてしまいそうで申し訳ないですが、少しコメントを。神社の一覧記事には神社一覧と県別の一覧(数県)があり、この項目を分割すると八幡宮・八幡神社の一覧が作成されることになります。各一覧で掲載する基準(著名・県別・信仰別)は異なりますが、神社の一覧という点で重複記事にならないか?という不安があります。また、上でも書いてますように、データベースのようになるおそれもあります。記事の例示部分や一覧に関することをまとめて話し合ったほうがよいのではないかと思うのですが、どうでしょうか。-- 2009年3月17日 (火) 14:50 (UTC)[返信]
(コメント)そうですねぇ…。2年前とは状況も変わってきていると思いますし、そろそろプロジェクト神道全体で統一見解を決める時期に来ているのかもしれません。--松山の暗黒騎士・暗黒な方です 2009年3月17日 (火) 16:02 (UTC)[返信]
そもそもCategory:八幡宮八幡宮との重複です。カテゴリでは地域毎の八幡が分からないというのであれば、百歩譲っても「八幡宮」として別表神社、旧官国幣社、旧県社レベルの一覧に止めるべきでしょう。ウィキペディアはデータベースではありません。一旦分割した一覧を「八幡宮」と統合したうえで更に記述を除去・整理するという具体的なロードマップをまとめる話でしたら賛成しますが。--ろう(Law soma) D C 2009年3月18日 (水) 01:36 (UTC)[返信]
確かに、八幡宮と同じものを作っても仕方ありませんね。俺としてはこの一覧部分をなくして記事の可読性を上げればいいと思ったんですが、どうも現状では一覧部分をそのまま削除するのがよさそうな感じですね。票はとりあえず下げておきます。--松山の暗黒騎士・暗黒な方です 2009年3月18日 (水) 16:00 (UTC)[返信]

以後の議論は第7節#「全国の八幡宮(八幡神社)」の分割・整理について(承前)にてお願いします--胡亂堂 2009年3月21日 (土) 09:53 (UTC)[返信]

神社一覧から若宮八幡宮(神社)の記述を若宮八幡宮に転記提案[編集]

八幡神社一覧から、若宮八幡宮、若宮八幡神社の記述を若宮八幡宮に転記することを提案します。--ゞ( ̄ー ̄ )アロエ 2007年3月26日 (月) 00:02 (UTC)[返信]

上の「八幡神を祀る神社一覧への分割提案」およびWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト_神道#「◯◯を祀る神社」についての議論が終結してからにして下さい。nnh 2007年3月27日 (火) 04:47 (UTC)[返信]

「全国の八幡宮(八幡神社)」一覧の整理提案[編集]

全く進展が無いので、提案します。

郷社以上の社格の神社だけの掲載を提案します。

  • (賛成)提案者票。村社や無社格を含めると多くなりすぎる為に、郷社以上の社格とした。--72.46.130.27 2008年6月14日 (土) 09:29 (UTC)[返信]
  • というか、むやみやたらと八幡神社のみの名称で記述されている県が多いようで、かなり見難くなっているように感じます・・・。--221.187.253.161 2008年9月7日 (日) 03:01 (UTC)[返信]
  • (賛成)というかついでに分割しても良いと思います。現時点で既に124KBに達しており、その大半が一覧で占められているように思えます。--凪海(Nami-ja) 会話 / 履歴 2009年3月6日 (金) 20:00 (UTC)[返信]

以後の議論は次節にてお願いします--胡亂堂 2009年3月21日 (土) 09:53 (UTC)[返信]

「全国の八幡宮(八幡神社)」の分割・整理について(承前)[編集]

(はじめに)当節は標記の論点に就き議論錯綜の状態でしたので、第4節「八幡神を祀る神社一覧への分割提案」に関して2009年3月18日(水)16:54(UTC)にN yotarou様によって提議されました内容に、弥様のご意見と胡亂堂の愚見とを述べた当ページの2009年3月21日(土)08:16 (UTC)の版の第4節第1章「分割せず整理としましょうか」を移して改題したものです。以後の議論の前提として、第3節#「その他の全国の八幡宮(八幡神社)」について、第4節#八幡神を祀る神社一覧への分割提案、及び前節#「全国の八幡宮(八幡神社)」一覧の整理提案をご覧下さるようお願いします。--胡亂堂 2009年3月21日 (土) 09:53 (UTC)[返信]

元々の提案者であり元々唯一分割を主張されていたゞ( ̄ー ̄_)アロエさんは2007年7月24日以降に活動がないようですし、膨大なリストの作成には大変な労力が必要だっただろうとは思うのですが、あっても読者の理解の助けにならないと思うんです。だからといって一覧記事を作成するよりはメンテナンスが容易なカテゴリでの分類の方がよい選択だと私も思います。

私が「分割せず」で結論が出ていたと解釈していた議論(まとめもせず整理もしないで放置していたので誤解を招いたのだろうと私の責任を少し感じているのですが)を再開させた凪海(Nami-ja)さんは2009年3月17日から闘病でウィキブレイクとのことです。再開後10日ほど経過した時点で松山の暗黒騎士さんの取り下げで分割に賛成の唯一の方がいなくなってしまったのですから、分割せず整理で合意成立としていいように思われます(結論を特に急ぐ必要はありませんが、何らかの合意を成立したことにしておく方がいいだろう程度にご理解下さい)。

ろう(Law soma)さんの仰る通り、別表神社、旧官国幣社、旧県社のみを残して除去・整理でよいと私は思うのですが、カテゴリをどうするか、に関しては合意を成立させておく方がよいように思います。Category:八幡宮に地域別のサブカテゴリを作って整理しないと、記事数が増えた場合にカテゴリが機能しなくなるかも知れません。現状記事数が少ないカテゴリは作らないようにする方針になっていたと記憶しているのですが、将来を見据えて都道府県別か北海道、東北地方などの地方別のサブカテゴリを作成する方が後々楽なのではないでしょうか。

ただ、個別の記事で決める話ではないように思いますので、これを機会にWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト_神道#「◯◯を祀る神社」についての議論を再開させる方向(新しい節を下に加える方が議論が進みやすいかなとも思うのですが)がよいように思います。

以上、ご意見よろしくお願いします。--N yotarou 2009年3月18日 (水) 16:54 (UTC)[返信]

  • プロジェクト非参加の部外者ですが、失礼させていただきます。N yotarou様のご意見は
  1. 現項目の「全国の八幡宮(八幡神社)」の節から、別表神社と旧府県社以上の八幡神社(宮)以外は除去する
  2. Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト_神道#「◯◯を祀る神社」についての議論を再開する
  3. 2によって得られた合意を踏まえた上で、かなうならば、1によって除かれた八幡神社(宮)は、別表・旧府県社以上の八幡神社を含めて、Category:八幡宮及び八幡宮と統合・整理する
ということでよろしいのでしょうか?もしこの理解でよく、且つ当方に賛否の投票権があるのであれば、賛成致します。なおついでながら、下にある#「全国の八幡宮(八幡神社)」一覧の整理提案も関連するので、今後の閲覧者の利便性を考えると、何らかの形でここの節に組み込んだ方がよろしいかと思います。--胡亂堂 2009年3月19日 (木) 12:10 (UTC)[返信]
N yotarouさんも私もプロジェクトの参加を表明しているわけではありませんが、意見を述べていますので心配されなくても大丈夫だと思います。
プロジェクトのノートに新たに節を設けました(Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト_神道#神社の一覧記事・一覧形式の例示部分について)。一度に取り上げすぎた感もありますが、ご意見お願いします。-- 2009年3月21日 (土) 08:16 (UTC)[返信]

全国の八幡宮(八幡神社)の節を八幡宮に転記の提案[編集]

当ノートの#「その他の全国の八幡宮(八幡神社)」について以降の節およびWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト_神道#神社の一覧記事・一覧形式の例示部分についても参照してください。

この記事の「全国の八幡宮(八幡神社)」の節にある一覧にこれまで多数の八幡宮が追記され、上記議論も引き起こされましたが、この一覧だけで記事の大半を占め、可読性が大幅に損なわれてきました。またこれらの一覧は八幡宮の「主な八幡宮」の節にある一覧とも重複しており、どちらかに絞るのが妥当であると考えられます。そもそも八幡神の方は祭神や信仰についての記述が中心であるべきで、神社の一覧は八幡宮に任せるべきだと思います。

そこでこの記事にある「全国の八幡宮(八幡神社)」の節を八幡宮に転記し、列挙された神社の記述を大幅に整理することを提案します。特に異論がなければ、2〜3週間後を目安に転記の作業に入りたいと思います。--出雲の暗黒騎士・暗黒な方 2009年7月9日 (木) 01:17 (UTC)[返信]

(総論賛成)基本的に賛成します。過去の議論をご覧頂ければ私のスタンスはお分かりかと思いますので繰り返しは避けますが、いずれ転記先での整理手法についての合意を取って進めていく必要があります。いつもそこで中断しているので、そろそろ動いてもいい頃だと思います。--ろう(Law soma) D C 2009年7月9日 (木) 02:19 (UTC)[返信]
ろうさん、ご賛同ありがとうございます。転記後の整理の方が確かに大変そうです。当面の案として、自分の利用者ページのサンドボックスにて転記後に整理する予定のリストの内容を示しておきます。これに異論がなければ、1週間ほど後に転記を行ったあとで、まずはこの内容で整理したいと思います。--出雲の暗黒騎士・暗黒な方 2009年7月22日 (水) 14:16 (UTC)[返信]
(異論なし) いいと思います。なお、転記後の掲載基準のたたき台として、
  1. 社格に関する場合は、近代社格の府県社以上(検証可能性からは郷社以上でもいいのでしょうが、八幡様に限って言えば多すぎですから)、本庁傘下なら別表社
  2. 文化財に着目した場合は、都道府県レベル(市町村でもいいとは思いますが、八幡様に限って言えば、これも多そうですから)
といった感じになりますかね。--胡亂堂 2009年7月25日 (土) 20:20 (UTC)[返信]

転記を完了しました。掲載基準については追ってノート:八幡宮に議論の場を設けたいと思います。--出雲の暗黒騎士・暗黒な方 2009年7月29日 (水) 22:11 (UTC)[返信]

神仏習合の復活に関する記述について[編集]

八幡神の信仰史上、平成期にはいって顕著となった神仏習合の復活は、特筆性を有する事実と考えます。--Dalaibaatur会話) 2014年7月20日 (日) 12:58 (UTC)[返信]

初めまして、Saigen Jiroと申します。「ご朱印を受けることができる」では単なる観光案内であり、百科事典記事の文章ではありませんのでやめて下さい。またWikipediaで特筆性とは「対象とは無関係な信頼できる二次情報源から有意な言及があった場合」と定められていると思うのですが、当該事項に対してそのように第三者から言及された文献はあるのでしょうか。--Saigen Jiro会話) 2014年7月20日 (日) 13:04 (UTC)[返信]
(追記)私の求めている出典は、Dalaibaaturさんの仰る「神仏習合の復活」が「平成期にはいって顕著となった」と指摘する第三者の言及一点と、その中で東寺の鎮守八幡宮と琴弾八幡宮が代表例として記すに値するとする文献一点になります。--Saigen Jiro会話) 2014年7月20日 (日) 13:17 (UTC)[返信]
繰り返しになりますが、「それが神仏習合復活の実例として特筆性がある」ということが、Dalaibaaturさんのお考えではなくて第三者の考えであることを示すべきであると言っております。--Saigen Jiro会話) 2014年7月20日 (日) 13:28 (UTC)[返信]
「八幡大菩薩の墨書きでご朱印を受けることができる」というのは、「単なる観光案内」なのではなく、平成の現代において「八幡大菩薩の神号が現に復活している」ことを示す実例であります。したがって「やめて下さい」というご要望には沿いかねます。「明治以降」の節で「神仏分離後も八幡大菩薩の神号は根強く残」ったことを示すのに、「第二次世界大戦末期の陸海軍の航空基地には「南無八幡大菩薩」の大幟が掲げられたり、「八幡空襲部隊(八幡部隊)」を名乗った部隊もあった」という事例をあげているのと同列であります。--Dalaibaatur会話) 2014年7月20日 (日) 13:19 (UTC)[返信]
発言を移動なさったので繰り返しますが、「「八幡大菩薩の朱印が出される」ことが神仏習合復活の実例として挙げられている」文献を提示するべきです。私自身は、神仏習合が復活の傾向にあることが本当であるならば、それは興味深く感じております。問題は、それが一部の運動に過ぎないのか、社会的・学問的に認められた傾向なのかということです。前者による政治的活動なのでしたら、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは演説台ではありませんに抵触しルール違反になります。後者なのでしたら、Dalaibaaturさんの独自研究ではなくて第三者の考えである旨の出典が提示された上でですが、観光案内にならないような記述、例えば「例として神仏習合東寺の鎮守八幡宮や琴引八幡宮では、「八幡大菩薩」の朱印を授けている」くらいの記述はあっても良いと思っています。--Saigen Jiro会話) 2014年7月20日 (日) 14:23 (UTC)[返信]
神仏習合の復活については、山折哲雄が提唱し、山折と、石清水八幡宮田中恆清宮司を含む近畿の有力17ヶ社寺の代表が発起人(2005年発起)として発足した神仏霊場会の発足(平成20年(2008)がひとつの目安です。この運動の意義・評価について、Saigen Jiroさんは「一部の政治的活動」と「社会的・学問的に認められた傾向」と、きわめて偏った極端な2分類しか示していませんが、こんごのやり取りにおいて、この2分類の「押しつけ」にはあらかじめ拒否しておきます。
 以下、この運動が「一部の政治的活動」ではないことを示します。
 2014年7月の段階で、この運動に参加している「霊場」は、平安時代以前からの由緒をもつ社寺を中心に152ヶ社寺。仏教寺院は所属寺院が天台宗真言宗南都六宗臨済宗に偏っていますが、神社に関しては伊勢神宮をはじめとして、一定以上の社格をもつ近畿地方の古社は網羅的に参加している印象です(具体的・客観的なデータはコチラ)。
現会長の石清水八幡宮田中恆清宮司は、現在、宗教法人・神社本庁代表役員である総長職や京都府神社庁長、全国八幡宮連合総本部長などのポストにもついている人物。現在の神社本庁は、神道系の1宗教法人ですが、全国の神社の約3分の2を包括する大教団。そのトップが提唱し、実行している運動。所属神社約8万社のうち「霊場」に参加しているのは数十社ですが、歴史と社格を基準に限定したとおもわれるので、神道についていえば、Saigen Jiroさんのいう「一部による政治的活動」とはいえないと思われます(ときわめて限定的に述べておく)。仏教については、所属宗派が偏っているうえにこれも数十ヶ寺と数もすくないですが、各宗派の総本山・大本山クラスが軒並みはいっているので、こちらも、「霊場」への参加は、それぞれの宗派の中の有志寺院が任意に個別に参加したのではなく、各宗派が自宗派のよりぬきの寺院を選んで参加させたものと思われ、これもSaigen Jiroさんのいう「一部による政治的活動」にはあたらないと思われます。
「朱印の墨書き」だけでなく、東寺による境内摂社鎮守八幡宮の再建も、ひとつの重要な「神仏習合復活の実例」に当たります。
 検証可能性を満たす典拠(複数)については、発注・調査中なので当面これ以上増補はおこないませんし、すぐさま直ちに提示することもできませんが、「単なる観光案内に過ぎ」ないと称して根こそぎ削除なさる編集については、もうしわけありませんが、あらかじめ拒否させていただきます。単なる「根こそぎ削除」ではなく、「文面の改良」ならば、ここで提案なさるだけでなく、実行いただいても、大歓迎です。
「これ」と見込んだ典拠をまだ入手していないので、現行の「平成期の「神仏同座・神仏和合」」の記述は、前節の「明治以降」の「神仏分離後も八幡大菩薩の神号は根強く残った」ことをしめす事例の提示方法を参考に文章をまとめました。これからSaigen Jiroさんが、「明治以降」の文章の執筆者にむけて、「第二次世界大戦末期の陸海軍の航空基地には「南無八幡大菩薩」の大幟が掲げ」られた事例や「「八幡空襲部隊(八幡部隊)」を名乗った部隊もあった」事例、「1944年に製作された、航空機搭乗員を描いた映画「雷撃隊出動」の中でも、出撃の際に八幡大菩薩の旗を振るシーンが見られる」事例などに対し、『「神仏分離後も八幡大菩薩の神号は根強く残った」ことの代表例として特筆性があるとする文献』を要求なさるかどうか、「明治以降」の文章の執筆者がそれにどう反応なさるか、参考にさせていただきます。--Dalaibaatur会話) 2014年7月20日 (日) 17:57 (UTC)[返信]
ご指摘を受け、Wikify含めこの編集を行いました。ご確認下さい。--Saigen Jiro会話) 2014年7月20日 (日) 20:33 (UTC)[返信]
たくみな整理、ありがとうございます。ご編集を参考に、さらに文面を添削しました。--Dalaibaatur会話) 2014年7月21日 (月) 00:57 (UTC)[返信]
出典提示ご苦労様です。--Saigen Jiro会話) 2014年7月22日 (火) 14:01 (UTC)[返信]

匿名利用者185.203.122.127194.233.96.172による編集に対する抗議と当記事の編集について[編集]

匿名利用者185.203.122.127194.233.96.172の編集は、

  • そもそも文章が支離滅裂で記事が人に読まれることを想定していない。
  • Wikipediaの基本的な記述方法を理解していない。
  • 出典を明記せず素人である自らの判断で記述を追加したり削除したりしている。
  • 出典を明記していても、それを独断で否定している。
  • 独断で一方の説を肯定する史料の存在を無かったことにしたり、逆に一研究者による一説をあたかも定説であるかのように記したりしている(例:大神氏 (豊後国)大神良臣の子孫であることを豊後大神氏が自らの系図で主張していたり[1]、それを後の研究者は肯定している[2][3]のにも関わらず、無学にして独断的に(例:大神氏にも様々な流れがあることを考慮せずに、「同じ大神氏なのだから大神比義系の大神氏と豊後大神氏は同族に違いない(彼の文章が支離滅裂なので確実とは言えないのですがおそらくこう述べている)として編集を断行している)編集を断行している。
  • その編集の悪質さから、実際に匿名利用者185.203.122.127194.233.96.172は2018年と2022年現在(おそらく昨日(2022年6月15日)から)それぞれ数年の投稿ブロックの判断が下されている。

そこで、匿名利用者185.203.122.127194.233.96.172の編集よりはまだ記事として成立している私の編集した記事を正式なものとして公開したいのですが、いかがでしょうか。 もちろん、私以上に優れた記事を書く方がいらっしゃれば、そちらの方の書いた記事を公開するべきだと思います。 学者気取りの先頭はここで終わり!会話) 2022年6月16日 (木) 01:06 (UTC)[返信]

コメント Wikipedia:腕ずくで解決しようとしないWikipedia:中立的な観点に照らして、件のIP氏と学者気取りの先頭はここで終わり!さんの双方が本記事から手を引くとともに、IP氏が編集し始める前の版に巻き戻すことを希望します。--Saigen Jiro会話) 2022年6月16日 (木) 12:37 (UTC)[返信]
  1. ^ さとうたくみ「『緒方家譜』による三輪一族と豊後大神氏」[1]
  2. ^ 賀来惟達 『大神姓系譜(1-13巻)』[2]、1933年12月。
  3. ^ 太田亮 『姓氏家系大辞典』姓氏家系大辞典刊行会、1934年。2017年9月25日閲覧。